(358) モンゴル日記(73)

モンゴル日記

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【はじめて作った食事】

 写真上は、2日目の朝食である。パン,トマトジュース,茹でブロッコリー・・・。右上の白っぽい容器は、家から持参した醤油だ。この時はマヨネーズもなかったので、野菜にかけた。

 その野菜のことである。気をつかったのが中国産野菜だ。キャベツや長ネギ,ブロッコリーなど、店頭に並ぶ多くのものが、かの国の生産物である。それに対してジャガイモやニンジンなど根菜類は、たいていモンゴル産だという。

 中国産野菜については、以前からその問題点が日本のマスコミなどでも報道されている。それらは残留農薬が多く、さまざまな被害をもたらしているという。これは日本だけの認識ではなく、モンゴル国民の多くも同じ捉え方をしているようだ。とくに若い人たちは食品の安全性には関心が高く、中国産野菜については神経を使っているという。似たような話は、かつて通ったハバロフスクやウラジオストックでも耳にした。

 だから、中国産野菜はまず、よーく洗った。そして 白菜やキャベツは外側の葉をだいぶ捨てた。また、キュウリなどは全面的に皮をむいて食べた。

 ところで 写真下は毎朝、食事どきに通る客車である。通勤列車なのだろうか。車体は地味な色彩で重々しいが、どこか美しさも感じてしまう。朝食を中断し、この列車を見送ったことは一度ではきかない。

モンゴルで最初の手づくり朝食に「ごちそうさん」。 日々好日、日々感謝。 (K.M)

☆ では、良い新年をお迎えください ☆

(357) モンゴル日記(72)

モンゴル日記

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【ウランバートル生活 二日目の朝】

 写真上は部屋のキッチン周辺である。テーブルとイス・冷蔵庫・流し・収納棚などはすべて、合弁会社のパートナーD社長のプレゼントなのだ。まったく恐縮してしまった。

 ところで 自分の部屋にはじめて泊まった。寝るための環境がまだ整ってはいなかったが。カーペットとふとん類は買って持ち帰ったが、ベッドがまだ届いていない。また 窓のカーテンについては、レールがまだないから使えない。けれど、カーッペトの上にふとんを敷いて寝ることにした。

 救いは部屋の暖房だった。全戸に供給される温水暖房によって、室温はいつも23℃前後に保たれている。そして、床は冷たくなかった。それが大きな理由か、よく眠れた!

 ただし、快眠のためには写真下の「睡眠薬」の助けが少し必要だった。けれど、この薬品のふたを開けるのにひと苦労。ビールの栓抜きがなかったのだ。親友Bさんの差し入れ〝ゴールデン・ゴビ〟が、目の前に4本並んでいるのに・・・どうやって開けようか?部屋を行ったり来たりした。

 目にとまったのが、マイナスのドライバー。工事関係者が忘れていったのか、テーブルの隅に置いてあった。そうだ、これだ!そのドライバーの先っちょで、栓のまわり3,4ヶ所を必死でこじ開け・・・おおっ、王冠が外れた!飲みたい一心、栓をもあける。

結局、休肝日が一日もなかった今回の滞在だった。 日々好日、日々飲酒。 (K.M)

(356) モンゴル日記(71)

モンゴル日記

モンゴル日記

【ウランバートル生活 スタート!】

 モンゴル訪問はすでに十数回に及ぶ。その際、基本的にはホテル泊りであった。しかし、今後はマンション生活に変わる。その部屋は1DKだが、こちらでの活動拠点となる。

 このマンション購入については、合弁会社のパートナーD社長の話がきっかけだった。彼は購入をすすめた後に、「投資にもなる」と事もなげに言った。場所はD社長が経営するソヨーチ社にほど近い。ただ、筆者にとって安い買物ではなかった。そこで、親友Bさんに相談。彼も、可能ならぜひ買ったらどうかと勧めた。それで結局、決めた。

 ところで、ワンルームマンションというのは、こんな部屋なのだろうか?これまで一度もそうした所を覗いたことがない。今回の購入にあたっても、何も調べなかった。その理由のひとつは、地震がない国だからである。

 マンションは16階建てで、部屋は中ほどの階の南側に面している。写真の風景は、その窓からの眺めだ。上が入居一日目の昼頃、下が二日目の朝だ。向かい側には別のビルが建っていて、眺望がよいとは言えない。でも、窓外の半分くらいは見晴らしがきく。

 今回の訪問目的の一つが、この部屋に入居するために家財道具をそろえ、実際にここで寝起きをすることだった。しかし、滞在初日は寝具もなくて、ご好意でBさん宅に泊めてもらった。

異国でのマンション生活始まる・・・ЁӁҴӢД。でも 日々好日、日々感謝。 (K.M)

(355) 月と電線

月と電線

月と電線

 写真上は、雲と電線もうっすらと写ってはいるが、一応まともに月が撮れている。それに対して、写真下はその数分後なのだが、電線がまるで月をツキ通しているような画像になった。

 これはちょっとシュールで、気に入った。意図したものではなく、何かのはずみで偶然でき上がったもので、撮ったのではなく「撮れた」と言うべきなのだろう。

 これは満月直後の月で、日にちは11月19日のこと。その頃、月齢にかかわらず良い月をたびたび拝めた。この夜もそうで、寒々とした空気の中でときどき雲がかかったが、冴えていた。写真下は偶然のお遊びとしても、風情のある月だった。

 俳句ではふつう、月と言えば秋の季語とされるようである。やはり、それほど秋になると月の風景が人の心を引きつけるようだ。気候的な条件もあるし、たぶん人間の心理的な面も関係してくるのだろう。動的で激しい夏が過ぎ、静的ではあるが厳しい冬を迎える時季でもある。もの悲しい気持ちになりやすいのかも知れない。そのうえ、月が発する独特の吸引力のせいもあろう。秋には、そのパワーが一段と強まるのだろうか。

 月光の つきぬけてくる 樹の匂い  (桂 信子)

 とにかく 、この夜の月は青白い色気のようなものすら感じた。この号が公開されるのは、ちょうど筆者がモンゴル滞在を終える頃だ。

冬に入ったかの地では、どんな月が見れるだろうか。 日々好月、日々感謝。 (K.M)

(354) 朝の虹

朝の虹

 こんなにくっきりした虹に出くわすなんて、久しぶりだった。虹を見ると、なぜかうれしくなる。そのうえ、希望のような気持ちすら湧いてくる。しかし、最近は目にしたことがなかった。いや見ていたとしても、心に余裕がなく気にとめなかったのかも知れない。ただ今回は、筆者の始動前の朝に出現した虹であり、観賞する気持ちが生まれたのだろう。

 朝飯前のひと仕事と体操を終えて、事務所から自宅に戻るときだった。何気なく北西の空を見上げた・・・ンッ,虹?七色の帯がきれいにかかっていた。「ラッキー!!」。それからカメラをとりに事務所に走り、撮った写真がこれである。よく見たら、色彩は薄かったが、この外側にもう一本かかっていた。

 ところで、この虹はたちまち見えなくなった。筆者が発見してから消え去るまで、10分となかっただろう。やはり、秋の虹は短いのかなァ。

 若き日の 恋に似て消ゆ 秋の虹 (林 翔)

 さて数日後、ウランバートルの親友Bさんからうれしい連絡があった。気にかかっていたのだが、あちらで購入したマンションがやっと完成して、入居できることになったという。当初の予定から、3ヶ月遅れのことだ。わが合弁会社フジガーデンの温室は、8月着工でまもなく完成するというのに。ともあれ、この号が公開される12月上旬には、そこの住人になっていることだろう。

半年に 一度くらいは 見たい虹   日々好日、日々感謝。 (K.M)

(353) ユリ〝ピンクパンサー〟

ゆりピンクパンサー画像

ユリ・ピンクパンサー

 第一印象は、品のよさと温かみ。筒形の花の内側は淡いピンクを帯び、花弁の先もとがらず、軟らかさも感じさせる。LOタイプで、簡単にいうとテッポウユリ系とオリエンタル系の交配種だ。けれど、名前が「ピンクパンサー」。まァ違和感がないわけではないが、気にしないことにしよう。

 このユリ、夜になると、かすかに良い香りが漂ってくる・・・そう、女性社員が語っていた。まぁ、ユリの香りについては嫌う人もたまにいる。けれど 筆者は鈍感なのか、あるいはビジネスのせいか、まったく気にならない。

 ところで、花色がこうしたうすいピンク系のものが、オランダ側から日本向けに次から次へと投入されている。つまり それだけ、こちら側=うちを含む日本側の業者が輸入しているわけだ。また、そのピンク色がどの部分に表れるか・・・花全体に出るもの、花の先っぽに出るもの、内側(花底)に出るものなどいくつかタイプがある。

 このように毎年、多くの品種の膨大な量のユリがいま日本市場に入ってくる。いわばその象徴が、ユリの巨大ポスターだ。親しいオランダの業者から、大きさ160cm×90cm、写真が240枚ちかく掲載されているバカでかいポスターが、毎年 送られてくる。最初にそれを見たとき、どうも彼らの体格に合わせて作ったように思えた。

近ごろ葬儀に参列すると、しぜんと供花のユリに目がいってしまう。 日々好日、日々感謝。 (K.M)