(36) 堤外地の春

堤外地の春

 信濃川の堤外地でも様々な花が咲き始めた。

 左手の白花の高木はハクモクレン、中ほどの黄色い花を付けた中木はサンシュユである(その前面をモミジが遮っているが)。また、右手の薄紫の花を咲かせているのはニシキモクレンだろう。右手奥に見える鮮やかな赤花は、早生咲きのチューリップである。その奥には信濃川が流れている。なお右上の山は弥彦で、撮影したときは全く眼中に無かった。

 実はこの辺りの信濃川右岸の堤外地は、わが国で最初にチューリップの商業栽培が始まった場所である。

 趣味ではなく商売として、日本で初めてそのチューリップ球根の栽培に取り組んだのは小田喜平太であった。彼は地元の園芸生産者だったが、進取の気性に富む人物だったようである。彼は当時では新しい花であったチューリップに心惹かれた。そして、親しくしていた郡役所の小山重という農業技術者による熱心な応援もあって、それに挑んだ。周囲から家運を傾けると心配されるほど、彼は入れ込んだらしい。そして、とうとうそれをなし遂げた。1918年(大正7年)のことである。

 それ以降、新潟のチューリップ球根の生産は拡大していった。戦前にはこの辺り一帯がまるでチューリップ園と化し、県知事らを招いて園遊会が催されたこともあったようだ。筆者も当時の写真を見たことがある。

 現在この地域が150軒もの生産者・業者を擁する園芸産地となったのには、このチューリップの球根生産も大きく貢献した、と考えられる。

[文中 敬称略]

日々好日、日々感謝。時には温故知新。  (E.O)