(497) モンゴル日記(212)

【 エグ川にて~8 】

 

 写真の水生植物は、川の本流から中州で区切られた浅瀬で見つけた。浮葉植物の一種だろう。正確な判定はできないが、たぶんPotamogetonの仲間だと思う。ヒルムシロ属である。

 まず姿・形が日本のモノと似ていること。そして 浮葉と沈水葉と思われる2種類の葉があること。浮葉らしいのは写真左で黄緑色の線状のものだ。また水中葉らしきものは、右の写真で認められる。さらには、この茎からは殖芽(しょくが)と思われる角のような突起が出ている。こうした点がその根拠である。

 殖芽とは、水生植物のいくつかのグループがつくり出す球根みたいなものだ。栄養分を貯めた一種の芽である。環境条件が生育に適さなくなると、形成されるという。この場合は、やって来る低温つまり冬に対してだろう。そんなことから殖芽は越冬芽とも呼ばれることがある。

 夏とはいえモンゴルのそれは短く、冬は駆け足でやって来る。だから 日本の季節感覚でいうと、早めに殖芽を準備するのかも知れない。筆者のおぼろげな記憶だと、新潟のヒルムシロなどは6月にはまだ殖芽を形成しないと思う。

 ところで、この植物のまわりには白っぽい1cm前後の浮遊物が数多くあった。それらは細長く、何かの脱け殻のようなものだった。水生昆虫のそれだったろうか。

面白くなってきたこの辺の植物探査だが、あす下流への移動が決まった・・・。日々好日、日々感謝。 (K.M)

(496) モンゴル日記(211)

【 エグ川にて~7 】

 

 アマたちも自分たちなりに釣り場を探し、釣果をあげはじめた。左が筆者、右がT氏だ。釣ったのはどちらもレノック。この辺りのエグ川には3種類の魚がいる、と釣り師Kt君から聞いていた。すなわちモンゴル・イトウ(タイメン)、レノック、それにグレーリングだ。その中でも良く釣れるのがこのレノックだという。マスの仲間なのだろう。

 最初に釣り上げたのは筆者だった。それからしばらくして、先生T氏が同じレノックを上げた。今回もいろいろT氏に教わったのだが、実はモンゴルではじめて釣りをする時にも彼から指導を受けたのだった。

 小学生の頃には新潟の堀や川に行き、フナやウグイの釣りに夢中になった。たまにコイやナマズがかかると、興奮した記憶がある。それはふつうの浮き釣りか、エサを付けたリール釣りだった。だからモンゴルに来るまでルアーなどはいじったことがなかった。

 ところが 2011年の10月、こちらで釣りに誘われ、そのときルアー釣りにはじめて挑んだ。その際、それを筆者に親切に教えてくれた人物がT氏なのだ。場所は同じモンゴル北部でも、ユロ川という清流だった。

 さて、一足先に筆者が釣り上げ、その魚の寸法がT氏のそれより少し大きかった・・・ように感じた。写真には、そんなことが二人の表情に微妙に現れただろうか・・・。

しかし、しだいに形勢が逆転していったのだった。日々釣日、日々感謝。 (K.M)

(495) モンゴル日記(210)

【 エグ川にて~6 】

 

 写真は前号で述べた朝食の後、2組の釣り隊が出陣するところだ。いよいよエグ川に挑むのだ。身じたくからお分かりかと思うが、写真左がプロたち、右がアマたちだ。もちろん筆者は右の写真に納まっている。当然のことだが、いずれも日・蒙の混成チームだった。通訳はいなかったが、意思疎通は可能だった。

 写真左で右側の人物は紹介済みだが、モンゴルの釣り名人Ba氏。彼はもう姿・所作からして、師匠といった風格。そして日本側メンバーだ。中央は以前にも触れたKt君。彼はさまざまな釣り道具を携行していた。彼は自然大好き・生き物大好き人間で、若き釣り師といった雰囲気を漂わせていた。

 また左側はI君である。友人の会社に勤める若者で、釣りが趣味。ご本人によれば、釣りではKt君の弟子だという。そのせいか常に彼と行動を共にしていた。I君は地味な雰囲気だったが、好人物であった。ともあれ,この3人のプロが先発組として出かけていった。

 次に 写真右のアマふたりである。やはり格好からしてプロとは違う。筆者なぞは、竿も胴付き長靴も借りものであった。そして わが先生は経営コンサルタントのT氏だ(左側)。アマとは言え、彼はときどき釣り糸を垂らすことはあるらしい。だから、釣り場では渡河も含めマンツーマンで教えてもらった。

プロより30分遅れ、二人のアマも勇躍出かけていった。 日々釣日、日々感謝。 (K.M)

(494) モンゴル日記(209)

【 エグ川にて~5 】

 

 ツアー2日目、釣り初日の朝食の一コマだ。写真左で、立ったまま食事を始めているのは右がBa先生,左がI君である。また奥の人物が、(489)号で集合写真にのっていなかったJ氏だ。彼は今回、料理人も引き受けてくれていた。

 さて テーブルの上にはけっこう食品や飲み物が並んでいる。まだツアー前半だから、野菜からジャム,乳製品まであった。中には日本から持ってきたモノもあり、「食卓塩」と記された瓶も見える。「サトウのごはん」もあった。

 話はちょっとそれるが、このパックご飯はモンゴル生活でなかなか役に立つことが今回分かった。このツアーに同行したK君から彼の食生活のようすを聞き、これが便利なものだということを認識した。彼はこの時期、日本とモンゴルとの合弁事業の関係で、数ヶ月間ウランバートルに単身赴任していたのだ。

 それで8月以降、筆者もモンゴルに行くときはこの便利なパックご飯を携行している。これとレトルトカレーがあれば、何食分かは日本的な食事を楽しめるのだ。これは重宝している。

 ところで写真右だが、このように切った食パンと肉の加工品を用意しておき、各人が必要な分だけとる。最初のうちはこれでも「まァ,いける」と思っていた。けれど これが毎食となると、だんだん食傷気味になってきた。

とは言え、まず食うこと。いかなる時も、これが基本だ!  日々食日、日々感謝。 (K.M)

(493) モンゴル日記(208)

【 エグ川にて~4 】

 

  妙な組み合わせになった。陸生植物と水生植物である。別に意図はなく、写真整理の都合上こうなった。

 まず写真左の植物はカンゾウなどの仲間、つまりヘメロカリス類と思われる。やはり斜面の所々で咲いていた。群落のようなものは無かったが、狭い範囲に十数株が点在していた所はあった。これらは一日花とも言われるが、ちょうど開花期に当ったのだろう。でも左の写真の後ろには、もう咲き終わった花も見える。やはり前回紹介した植物のように、斜面の下の方に多かった。そして、その多くが枯草の間で生育していた。乾燥防止を図るためか。

 次に写真右の植物。日本のバイカモによく似ている。これらは岸辺の入り江的なスポットや、浅くて流れの弱い場所で確認できた。たいてい小群落を構成し、水面に可憐な花をたくさん浮かせていた。

 ところで これらバイカモの生育場所は、冬なら-40℃以下にはなる場所だ。岸辺ではたぶん水面が凍るだろう。そうしたところで生き抜いているのだから、強い耐寒性は持っているはず。それによく言われるように、これは水質が良くなければ生育できない。見た目にも、エグの川水はきれいだった。モンゴル側メンバーはもちろん、筆者を除く日本側の若者3人も、後半ときどきその川水を飲んでいた。幸い何とも無かったようだが。

釣りもいいけれど、野の花の観賞もやっぱりいいものだ。日々好日、日々感謝。 (K.M)

(492) モンゴル日記(207)

【 エグ川にて~3 】

 

 左・右の植物も斜面上に生えていたものだ。ただし斜面でも下の方、裾ともいうべき場所で生育していた。それも背後には木が茂っていた。だから生育環境は他より良いだろう。斜面の上の方よりは、乾燥や風当りがきつくない。そのうえ、上の方から流れて来る水分にも恵まれているからだ。

 写真左の植物を発見したとき、「おっ,ハマナス?!」と思った。それはともかく、まァ,バラ科の植物だろうというのは筆者でも分かった。わが先生O氏によれば、オオタカネバラの仲間でしょうとのこと。背丈は1mくらいはあろうか。小群落を形成していた。この旅の帰り道、タフト側流域にこれが多く生えているのに気がついた。中には真っ赤な花を付けた個体もあった。今後 機会があったら、この辺りでゆっくりと植物探索をしたいものだ。

 また、写真右はナルコユリの仲間だろう。この特徴的な姿を見つけた時は、「へー、モンゴルにもあるんだ!!」。けれど、何か懐かしさのような感覚を覚え、うれしくもなった。これも小群落をつくっていた。その後 周辺を歩きまわったが、このナルコユリはこの場所にしか無かった。

 このようにモンゴル北部の、山地のフロラは貧しくはないようだ。これにはちょっと驚いた。寒さと乾燥の面では苛酷といっていい環境下で、さまざまな花が見られるのだから。

釣りどころではなくなってきた?! 日々好日、日々感謝。 (K.M)