(548) モンゴル日記(263)

【 北モンゴル最奥部を訪ねて 11 】

モンゴル日記-01

モンゴル日記-02

 フタコブラクダと別れ、いよいよ舗装道路から外れる。反対側の草原では、アザミのような花が筆者たちを見送るように咲いていた。(写真上)

 4台のクルマは山と湖に囲まれた草原のオフロードに突入していく(写真下)。クルマは先頭を進む”隊長”Ba氏のランドクルーザーだ。彼は釣りの関係でモンゴル中に出かける。だから,こうしたオフロードはお手のもの。今回のルートも詳細は彼しか知らないとのこと。そうした事情もあり、彼に先頭を走ってもらったようだ。

 最初のうちは路面の凸凹や水たまりもひどくなかった。だから、「大したことないじゃない。それより湖は見えるし、草原もきれいだし」、などとノンビリ構えていた。

 が、それは甘かった。しだいに路面状態は悪くなっていく。それに,先頭のBa氏は凸凹があってもあまり速度を落とさない。その先頭車に遅れまいと、こちらもスピードを落とさずに突っ込んでいく。だから,時々ひどい上・下動が車体を襲う。シートベルトをしていても、その度にどこかに掴まっていないと、体が浮いた。また頭を天井にぶつけたことも一度ではなかった。

 ところでB氏の話によれば、Ba氏はモンゴルの釣り界では今や有名らしい。それで弟子が何人もいるという。今回はその中の一番弟子の若者を同行させていた。

Xトレイルは車体から様々な音を発してきた!時々きしみ、時々うめき。 (K.M)

(547) モンゴル日記(262)

【 北モンゴル最奥部を訪ねて 10 】

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 翌朝、お世話になった製茶会社の若社長にお礼を申し上げ、そこを発った。そしてムルンの町からウブスグル湖まで延びる舗装道路に乗る。この道路は最近つくられたという。

 気持ちよくクルマを走らせていくと、「んっ?!」。進行方向の左手遠方に、見慣れない四ツ足らしい動物を発見。・・・ラクダ?! 2頭いて、その背後には湖も見えてきた(写真上)。

 その先をもう少し進むと、道路脇にフタコブラクダの群れがいた。あの四ツ足も正体はこれだ!6,7頭がのんびり草を食べていた(写真下)。この国でラクダを見るのは2度目。数年前に,有名な観光地テレルジで会って以来だ。

 B氏の話によれば、フタコブラクダはモンゴルにしかいないという。(それは半分正しいが、Wikipediaによれば中国北西部にもいるらしい。)

 それはともかく、ふつうラクダといえば砂漠というイメージが浮かぶ。しかし,ここではラクダは草原におり、その背後には湖が広がっていた。だからここのラクダは暑いと,この湖で泳ぐのではないか?!と, 変な想像をした。

 あとから振り返ると、このラクダとの出会いが舗装道路での最後の出来事となった。筆者たちはこの後、16時間,400kmにわたるオフロードの「冒険」に挑んでいくことになる。

このあとからは色々あった,何でもあった。 先々adventure、先々Exciting。 (K.M)

(546) モンゴル日記(261)

【 北モンゴル最奥部を訪ねて 9 】20160730-11

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 まず上の写真。これがクルマの目の前を走っていた。追いつく前から,ありゃ?と思っていた。ほんとうに何だろう?トラックの荷物らしいことは分かった。では,この灰色の積み荷は何だ?! 頭が少し混乱した。・・・助け舟のようにB氏が言った、「羊毛ですよ」。

 トラックの後部車輪が少しのぞく。けれど、積み荷以外はほぼ見えない。巨大な丸っこい怪物が道路を移動しているようにも見えた。まるで「ふわふわ怪獣ヨウモーンが北上中?!」といった感じ。

 この”羊毛テンコ盛り”に遭遇したのは、ムルンの町に入る直前だった。その少し前には、道路を横断する羊の群れには会ったばかり!けれど,”羊毛の群れ”にはこれまで一度も会わなかった。

 ところで,下の写真はムルンの製茶会社である。実はこの日ここに宿泊させてもらったのだ。大きな町だし、ホテルは幾つかあるようだった。でも,さすがにナーダムの時期で、ホテルに飛び込みで4部屋は取れなかった。それで急きょ,B氏の親戚が経営するこの製茶会社にお願いし、宿泊させてもらった。ほんとうに助かった。

 やがて隊長格のBa氏一行もこの臨時ホテルに到着し、合流した。これでメンバー全員がそろう。クルマは4台、総員14名となった。

この晩,参院選結果が気になり、スマホで自宅に問い合せをした。日本と連絡がとれるのもここまでだった。時々心配、今後は不通。 (K.M)

(545) モンゴル日記(260)

【 北モンゴル最奥部を訪ねて 8 】

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 相変わらずの道路と風景が続いた。上の写真のごとく、道路はまっすぐで通るクルマが少ない。対向車も数分に1台くらいしかやって来ない。筆者たち4台は北上を続けた。そして,Xトレイルは時速100km前後で進んだ。結局ほかの3台も似たような速度だった。

 風景は大らかですばらしい。けれど,変化に乏しい。こんな風景が2時間も3時間も続くと、日本人でも飽きてくるかもしれない。そして,ドライバーなら眠気を催す場合もあるだろう。じっさい親友B氏はこう語っていた。「オフロードだと緊張しますが、舗装道路はときどき退屈になってきます。だから,たまに眠くなってくることもありますね。心配しないで、私はダイジョーブ,ダイジョーブ」。

 そんな車中でこんな会話もあった・・・「ねェBさん,モンゴルには速度制限はないの?」「一応ありますよ。ただ,それを守るかどうかはその人しだいです。それにモンゴルで”ネズミ取り”は見たことないでしょう」。

 こんな感じで会話をしていても、いよいよ眠気が襲ってくる場合がある。そんな時,彼は独特の方法をとった。日本製CDをプレーヤーにかけて音楽を聴く。やがて歌い出す。ときどき筆者にもそれを強要したが。そこには長渕剛なども登場した。これが彼の居眠り防止法らしい。

下の写真には茶色の部分が写っている。これは麦畑だ。運転は 日々安全、日々感謝。(K.M)

(544) モンゴル日記(259)

【 北モンゴル最奥部を訪ねて 7 】

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 写真は前号の峠からウブスグル県の県都ムルンに向かう途中でのものだ。結局あの峠からムルン到着まで約3時間。上の写真のような風景が続いた。そして,ときどき変わった格好の山にも出くわす。写真のそれも台形のようなカタチをして、きれいな斜面と線を見せていた。

 また,この地域で最も標高があるという名山も望むことができた。急峻ではないが、美しい大きな山容だった。B氏によれば、富士山より高くて標高は4,000mくらいとのこと。地元の人々はその山に畏敬の念を抱いているという。残念ながら,その雄姿は撮影できなかった。この時カメラが記憶容量不足に陥ったからだ。

 ところで,この辺りでは小麦畑はほとんど見かけなかった。やはり放牧が盛んな地域のようだ。ただ道路脇にときどき出現する、白,青,黄色などお花畑のような野草が美しかった。その景観は帰路で撮影したので、後日お見せしたい。

 ムルンに近づいたら、またヤギと羊の群れが道をふさいでいた(写真下)。けれど,彼らはまもなく通してくれた。話は飛ぶが、さてヤギと羊は同じ群れにいて仲たがいを起こさないのだろか?結論から言うと、彼らはいざこざを起こさない。牛とヤクもそうだという。お互いを同種だと認識しているのだろうか。

この後,羊毛を山積みにしたトラックに出会って驚いた!(記事は次々号に。)

日々発見、日々仰天。(K.M)

(543) モンゴル日記(258)

【 北モンゴル最奥部を訪ねて 6 】

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 今回の旅ではまず,親友B氏が筆者を迎えに来てくれた。その後にJ氏一家と合流。さらに最初の休憩地でT氏一家とも合流した。その後はエルデネトまで走り続ける。そしてそこを過ぎてから、道路に面した広い草原で3組そろって遅いランチをとった。

 その後はウブスグル県の県都ムルンをめざす。写真はその途中、休憩をとった峠でのものだ。ウランバートルを出発してから約10時間後。

 この峠はちょうど位置が良いのか、多くの人たちがトイレ休憩も兼ねてクルマを停める。また近くに馬乳酒で有名な村があり、その産品なども売っていた。

 上の写真はその峠からの眺めである。この辺は草原ばかりではない。あたりには針葉樹を主体にした森林も見えてくる。ただ放牧のせいもあるのか、森林と草原の間にはマント群落などがほとんど見られない。

 ところで,写真下はモンゴル名でハルガイという植物である。このイラクサ科の”危険な植物”で、筆者は大変な目にあった。「シャチョー,それ触ると痛いよ」と、B氏から注意されてはいたのだが。帰路ふたたびこの峠に寄った際、スマホでこの写真を撮ろうとした。そうしたら,たまたま右手人差し指が枝に触れてしまった。ビリビリッ!!痛いのなんの・・・。指に強烈な痛みが走り、半日くらい消えなかった。

だがこのハルガイ、養毛効果があり、製品化されているという。日々用心、日々興味。(K.M)

(542) モンゴル日記(257)

【 北モンゴル最奥部を訪ねて 5 】

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 この国では放牧された家畜があちこちにいる。ガソリンスタンドの前であろうと、草が生えていればやって来る。また広い草地が道路で分断されていても、片側を食べ尽くすと反対側に移動する。その時,彼らは左右をよく見て道路横断するということはまずない。しかし,モンゴルの人たちはこうした動物たちの行動に慣れていて、鷹揚に接する。

 上の写真はモンゴル第二の都市エルデネトの市街地に入る前、立ち寄ったガソリンスタンドである。ここで4台とも給油。そこにいた牛は3頭のグループで、まだ若そうな体つきだった。一心に草を食べ、カメラを構えた筆者なぞモー気にしないようす。店の人も彼らにはまったく注意を払わない。

 下の写真は、その給油後まもなく遭遇した場面だ。横断は終わり頃だったようだが、牛の大きな群れが道路を横ぎっていた。しょうがないから、両車線のクルマは一時停止。右側のクルマはT氏一家が乗るランドクルーザー”プラド”だった。

 T氏もやはり、クラクションも鳴らさずに彼らが通り過ぎるのを待っていた。失礼ながら、連想した・・・彼を放牧の家畜に例えると,何だろう。T氏の風貌や受ける感じからすると、彼は牛だろう,いやいやヤクかなぁ。

モンゴルの人々はクルマに乗ると、家畜にはやさしく接する。けれど,街なかではあのシビアな運転ぶりとなる。ときどき不思議、ときどき理解不能。           (K.M)

(541) モンゴル日記(256)

【 北モンゴル最奥部を訪ねて 4 】

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【この号から写真を大きくして載せられるようになった。それもあって、このシリーズに限り公開 ピッチを上げることにした。基本的には3日ごとに公開していくつもりだ。】

 さて,いずれの写真も行きの道中での写真である。カーブの少ないまっすぐな道路がつづく。この日(7月10日)は朝から降ったり止んだりの空模様。しかしウランバートルから遠ざかるにつれ、雨は上がってきた。

 道路沿いの景観を簡単に表現すると、広がる草原や丘陵の先になだらかな山々が見えてくる。そこに,たいていは放牧家畜の群れが加わる。ただし地域によっては、たまに小麦畑や菜の花畑が広がっていることもあった。

 さて日本と反対で、クルマは道路右側を通る。写真はその走る車からフロントガラス越しに撮影したものだ。写真上のように、同じ車線でも前を行くクルマはひじょうに少ない。前のクルマとの車間距離は1キロ以上?! また対向車もこれまた少ない。来ないときは何分もすれ違わなかった。

 ところで下の写真、右下に斜めに走る太い線が見える。実はこれ、フロントガラスにできた実際の亀裂なのだ。出発してまもなく、対向車のトラックが石コロを飛ばしてきて、その直撃を受けたものだ!心配したが、幸いその亀裂はそれほど拡大はしなかった。

帰路、この亀裂とは別のアクシデントが起きた!! 日々想定外!日々対応! (K.M)

(540) モンゴル日記(255)

【 北モンゴル最奥部を訪ねて 3 】

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 写真上は前号で述べた広いガソリンスタンドの一角。遠出する人々が待ち合せをしたり、荷物の点検などをする。たいてい家族連れで、その作業を終えると次から次へと旅立って行った。どうも”民族の大移動”みたいな様相なのだ。

 写真下は、途中で目撃したオートバイの4人乗りだ(写真右端。左は2人乗り)!!これまで3人乗りは見たことがあるが、これは初めてだった。あわてたので、被写体が右端にいってしまった。ご覧のとおり運転するのは大人だが、前に1人後ろに2人,乗っけているのは子供のようだった。

 ところで,この4人乗りの目撃場所はウランバートルを出発して、最初の休憩場所だった。実はここでもう一組のメンバーT氏一家と合流する予定だったのだ。そうした情報はいちいち教えてくれない。筆者も多少は知っておきたいのだが・・・。だけど,そう質問はできない。

 なぜなら,5年前に初めて遠出したとき、親友B氏からピシャッと言われた。走行中にいろいろ尋ねていたせいか、彼は少し睨むように宣告した。「シャチョー,目的地まであとどれくらいかとか,あと何キロかとか,いちいち聞かないで。黙って乗っててください」と。

 ふだんは温厚な彼が、その時はちょっと怖い顔に見えた。それ以来,モンゴルで旅に出ると、こちらからの質問は控えることにしている。

運転中のときは 日々無口、日々安全。 (K.M)