(503) モンゴル日記(218)

【 エグ川にて~14 】

 

 エグ川沿いの道を下って行く。途中、4人が数ヶ所で試し釣りに挑んだ。なかでも広い河原のある場所で、長時間にわたって釣り糸を垂らした。これは前号で述べた。

 さて この植物はナデシコの仲間らしい。が、今のところ詳細は分からない。これは河原の苛酷な条件下で、白花を咲かせていた。そして 写真右のように、まばらだが小集団をつくっていた。

 この日は気温が30℃以上には達したと思う。雲のない暑い日だった。だから、この河原の日なたには長くいられなかった。それで釣りをしない筆者たちは、木々が茂っている緑陰に逃げ込む。結局 ここでの試し釣りに1時間以上もつき合った。そのため遅い昼食もここでとることに。早めに昼食をとった筆者は、日差しのきつくないところで植物観察をはじめた。

 こんな日差しの強い乾燥しきった場所でも、このほかにいくつかの草花を見つけた。その中にはこのツアーで最大の収穫となった青いオキナグサもあった。

 一方、釣りに加わらないB氏はクルマに乗り、後半の宿泊地探しに出かけた。テントを張るにも調理をするにも都合よく、そして釣り場に近いキャンプサイトを、である。と意外にも、彼は早めに戻った。どうやら見当をつけて来たらしい。それはこの河原から数キロ下流の草地だった。

今年はこれが最終号になります!来年も皆さんにとって良い年でありますように。 日々好日、日々感謝。 (K.M)

(497) モンゴル日記(212)

【 エグ川にて~8 】

 

 写真の水生植物は、川の本流から中州で区切られた浅瀬で見つけた。浮葉植物の一種だろう。正確な判定はできないが、たぶんPotamogetonの仲間だと思う。ヒルムシロ属である。

 まず姿・形が日本のモノと似ていること。そして 浮葉と沈水葉と思われる2種類の葉があること。浮葉らしいのは写真左で黄緑色の線状のものだ。また水中葉らしきものは、右の写真で認められる。さらには、この茎からは殖芽(しょくが)と思われる角のような突起が出ている。こうした点がその根拠である。

 殖芽とは、水生植物のいくつかのグループがつくり出す球根みたいなものだ。栄養分を貯めた一種の芽である。環境条件が生育に適さなくなると、形成されるという。この場合は、やって来る低温つまり冬に対してだろう。そんなことから殖芽は越冬芽とも呼ばれることがある。

 夏とはいえモンゴルのそれは短く、冬は駆け足でやって来る。だから 日本の季節感覚でいうと、早めに殖芽を準備するのかも知れない。筆者のおぼろげな記憶だと、新潟のヒルムシロなどは6月にはまだ殖芽を形成しないと思う。

 ところで、この植物のまわりには白っぽい1cm前後の浮遊物が数多くあった。それらは細長く、何かの脱け殻のようなものだった。水生昆虫のそれだったろうか。

面白くなってきたこの辺の植物探査だが、あす下流への移動が決まった・・・。日々好日、日々感謝。 (K.M)

(493) モンゴル日記(208)

【 エグ川にて~4 】

 

  妙な組み合わせになった。陸生植物と水生植物である。別に意図はなく、写真整理の都合上こうなった。

 まず写真左の植物はカンゾウなどの仲間、つまりヘメロカリス類と思われる。やはり斜面の所々で咲いていた。群落のようなものは無かったが、狭い範囲に十数株が点在していた所はあった。これらは一日花とも言われるが、ちょうど開花期に当ったのだろう。でも左の写真の後ろには、もう咲き終わった花も見える。やはり前回紹介した植物のように、斜面の下の方に多かった。そして、その多くが枯草の間で生育していた。乾燥防止を図るためか。

 次に写真右の植物。日本のバイカモによく似ている。これらは岸辺の入り江的なスポットや、浅くて流れの弱い場所で確認できた。たいてい小群落を構成し、水面に可憐な花をたくさん浮かせていた。

 ところで これらバイカモの生育場所は、冬なら-40℃以下にはなる場所だ。岸辺ではたぶん水面が凍るだろう。そうしたところで生き抜いているのだから、強い耐寒性は持っているはず。それによく言われるように、これは水質が良くなければ生育できない。見た目にも、エグの川水はきれいだった。モンゴル側メンバーはもちろん、筆者を除く日本側の若者3人も、後半ときどきその川水を飲んでいた。幸い何とも無かったようだが。

釣りもいいけれど、野の花の観賞もやっぱりいいものだ。日々好日、日々感謝。 (K.M)

(492) モンゴル日記(207)

【 エグ川にて~3 】

 

 左・右の植物も斜面上に生えていたものだ。ただし斜面でも下の方、裾ともいうべき場所で生育していた。それも背後には木が茂っていた。だから生育環境は他より良いだろう。斜面の上の方よりは、乾燥や風当りがきつくない。そのうえ、上の方から流れて来る水分にも恵まれているからだ。

 写真左の植物を発見したとき、「おっ,ハマナス?!」と思った。それはともかく、まァ,バラ科の植物だろうというのは筆者でも分かった。わが先生O氏によれば、オオタカネバラの仲間でしょうとのこと。背丈は1mくらいはあろうか。小群落を形成していた。この旅の帰り道、タフト側流域にこれが多く生えているのに気がついた。中には真っ赤な花を付けた個体もあった。今後 機会があったら、この辺りでゆっくりと植物探索をしたいものだ。

 また、写真右はナルコユリの仲間だろう。この特徴的な姿を見つけた時は、「へー、モンゴルにもあるんだ!!」。けれど、何か懐かしさのような感覚を覚え、うれしくもなった。これも小群落をつくっていた。その後 周辺を歩きまわったが、このナルコユリはこの場所にしか無かった。

 このようにモンゴル北部の、山地のフロラは貧しくはないようだ。これにはちょっと驚いた。寒さと乾燥の面では苛酷といっていい環境下で、さまざまな花が見られるのだから。

釣りどころではなくなってきた?! 日々好日、日々感謝。 (K.M)

(491) モンゴル日記(206)

【 エグ川にて~2 】

 

 前半の宿泊地は前述したが、エグ川左岸に突き出た広い尾根の平らな場所だった。その周辺斜面には花を付けた植物が少なくなかった。

 左はアザミの仲間と思われる。大株などはなかったが、あちこちに見えた。また右はどういった系統のユリなのか、確たる見当がつかなかった。帰国後に わが師O先生にお聞きしたところ、スゲユリの仲間ではないか、ということだった。

 ところで、これらを撮影したのは午後8時過ぎ。けれど、まだまだ明るかった。この時期に日が沈み暗くなってくるのは、晴天ならば午後10時半頃だった。

 さて この一日目の夜、ちょっとした事件が起きた。テントを張り終わって、遅い夕食になった。疲れていたのか、筆者は出されたウオッカで早めに酔いが回った。そして誰よりも早くテントに潜入。だから、その後の出来事はうっすらとした記憶しかない。

 筆者が寝入ったあと、急に強い雨が降り出したようだ。そしてその後、目の前で落雷があったというのだ!雷は対岸、つまり川の真向いの立ち木に落ちて、その木が燃え出したという。それで皆はちょっと緊張したが、その後に再び激しい雨が降ってきて、鎮火したらしい。何やら騒がしい音が寝ぼけ頭に聞こえていたようだが・・・。

 翌朝 対岸を眺めたら、黒焦げになった立ち木があった。

知らぬが仏。そう言えば,モンゴルもチベット仏教だった。日々好日、日々感謝。 (K.M)

 

(488) モンゴル日記(203)

【 エグ川めざして~10 】

 

 最奥の町テシグを出発して、一路エグ川をめざす。丘陵地帯を突っ切って、時には前号のように川越えもする。舗装道路などとっくに消えていた。けれど そんな道路の両側には、花をつけた植物がときおり姿を見せた。

 しかし、このパーティの一番の目的は釣りなのだ。したがって、明るいうちにエグ川の岸辺にたどり着き、テントも設営し、夕食もとらなければならなかった。それが最優先である。だから 日本の園芸屋が「あっ、止まって!あの花を撮影したい!」と叫んでも誰も耳を貸さない。親友B氏はそれをモンゴル語に訳してもくれない。

 そんなふうに、撮影したくてもできなかった植物がいくつかあった。ちょうど咲いていたシャクヤクなどはその代表である。山あいの道路沿いにあちこちで咲いていた。

 でも  途中でどうしても停車せざるを得ない場合もある。トイレ休憩だ。その貴重な時間を利用し、撮影した花が2枚の写真だ。帰国してから、植物のわが師=O先生にお聞きした。写真左はキンポウゲ科のキンバイソウの仲間だろうという。このオレンジ色が遠くからでも林間で目立つのだ。

 また右の写真はマメ科でホソバセンダイハギの仲間では、ということだった。この花はこの後、大群落をつくっていたのを何ヶ所かで見つけた。そんなとき、草原は黄色に染まっていた。

釣り師と園芸屋は同乗できない?! でも 日々好日、日々感謝。 (K.M)

(485) モンゴル日記(200)

【 エグ川めざして~ 7 】

 

 写真の植物は毒草らしい。ナス科植物で、写真右が花,左が種子である。学名はHyoscyamus nigerというらしく、検索していったらヒヨスと記されていた。ユーラシアに広く分布していたが、現在は世界中に拡散しているらしい。ただしナス科植物だから、日本には持ち込めない。だから、国内では目にしたことがないのだろう。

 前号でとり上げた羊と山羊の道路横断の場所からまもなくして、町があった。そこの売店でドリンク類を求め、皆で休憩をとる。筆者はその周辺をちょっとウロウロ。すると、この植物がところどころに生えていた。草丈は50㎝以上。

 こんなに目立つのに、どうして家畜は食べ残すのだろう。ひょっとしたら毒を持った植物かも知れないな。結果的には、その予想が当たった。そう言えば目を凝らすと、茎・葉に毛が生えていて、いかにも毒草のような感じがした?!(調子がいい・・・)

 ところで、今回のメンバーのなかでは、一応 筆者が植物に詳しいということになっていた。だから 、目にとまった植物があった場合、よく分からないでは格好が悪い。だから、問われた場合のみ、この植物はケシの仲間のようだ、こっちはバラ科でしょう等と、推測できる範囲で大ざっぱに語った。決して断定的なことは口にしないように努めた。

北モンゴルで最初に目についた植物が毒草だったとは。でも 日々好日、日々感謝。 (K.M)

(474) モンゴル日記(189)

【 ガーデンセンター3号店 】

  

 合弁会社のパートナーD社長は、この春ソヨーチ・ガーデンセンターの3号店をオープンさせた。このことは事前に知らなかった。だいたい今年に入ってから、お互いにじっくり話をする機会も少なかった。この間 とくに彼は多忙を極め、海外出張にも度々出かけていた。

 だから この3号店開設の情報は、親友B氏がもたらしてくれた。彼がその話をしてくれた後、「カタオカさん、見てみたいでしょう?」「ぜひぜひ!」・・・それで、話を聞いたその日にそこを訪ねた。

 (470)号に書いた“百円ショップのウランバートル店?!”見学の場合もそうだったが、筆者はこうした対応は、近ごろはグズグズしていない。昔はそうではなく、「そのうちに」と後まわしにすることが多かったが。

 それが、こっちに来てから変わった。いや変わらざるを得ないのだ。こちらでは、万事スピーディーなD社長と付き合っているし、合弁ビジネスでは決断を早くすることが求めらるからだ。そのうえ社員のT嬢が、多くの業務をこなしてくれることもある。

 さて 写真左が3号店の外側だ。そこは真新しい十数階建てのビルで、1,2階が事業所向け、3階から上はアパートだった。店舗はその1階にあり、繁華街に面している。本店より良い立地だろう。写真右はその店内だ。

新しいこともあるが、本店よりはあか抜けた印象の3号店だ。日々好日、日々感謝。 (K.M)

 

(473) モンゴル日記(188)

【 アジサイ 】

 

 写真は新潟から輸入したアジサイである。今年の3月、インチョン経由でウランバートルに航空貨物で入れた。幸い、枯れたり傷みがひどいものは、ほとんど出なかった。そして フジガーデンの温室で、ここまで順調に育ってきた。

 アジサイは昨年から本格輸入し、3ケ月ほど育てて販売まで持っていった。一言でいうと、悪い結果ではなかった。輸入時でも栽培中でも、大きな問題は発生しなかった。また その後に商品として店頭に並べても、筆者たちを悩ませることはなかった。そこそこ売れたのである。

 上述したように、その前年の結果があったので、今年はだいぶ気が楽だった。写真左のように枝・葉は少ないが、大半の株が蕾を確実につけてくれた。その様子が写真右である。

 アジサイは一昨年、数はわずかだが試験的に輸入したのだ。そして、その時はまだ自前の売り場がなかったので、ソヨーチ・ガーデンセンターの店頭に置かせてもらった。そうしたら、お客さんたちはけっこう注目してくれた。その際、彼らから同じ質問を何度か受けた。「青い花のアジサイはないのか?」と。

 たまたま その時は赤花しか無かったのだ。しかし、数十鉢しかなかったこともあり、結果的には全部 売り尽くした。そこから学んで、昨年からの本格輸入では青花だけを輸入している。

今年も現在のところ、まァ順調に売れているようだが・・・。日々好日、日々感謝。 (K.M)

(472) モンゴル日記(187)

【 プラグ苗の販売② 】

 

 前回 述べたが、ソヨーチ社のプラグ苗事業は野菜から始まった。そのせいか花苗に比べると、野菜苗は種類が多い。プラグ苗を中心にした売り場には、葉物からトマトまで(これはプラグではないが)6,7種類が並べられていた。

 こちらも売れ行きは悪くないようだった。それに花苗,野菜苗を問わず、プラグ苗を買ったお客さんの多くは関連する資材も買っていく。用土,プランターなどである。この辺もD社長はたぶん想定していたのだろう。

 それに今回、びっくりした事があった!右の写真で、子供が手に取って読んでいる本である。すべてモンゴル語なので、内容は理解できなかった。けれど写真が多かったので、野菜の栽培手引書らしいことは分かった。

 そこで、プラグ苗の所にいた店員さんに聞く。「この本は栽培手引書のようだけれど、どういう本なの?」「あっ、これはうちの社長が書いた本です」。?!…その後、ご本人から詳しいことを知らされた。原本はオランダの本で、それをモンゴル語に翻訳したのがD社長だという。それに、こちらでの出版事業にも関わったらしい。

 まァ,詳細は問うまい。しっかりした装丁で、掲載した写真もきれいで豊富だ。こりゃ,よく考えられた販促グッズだ!そうした率直な感想を話すと、彼はサイン入りでその本をくれた。

わがパートナーのD社長は、なかなかの事業家である。日々好日、日々感謝。 (K.M)