(555) モンゴル日記(270)

【 北モンゴル最奥部を訪ねて18 】

北モンゴル最奥部を訪ねて18

北モンゴル最奥部を訪ねて18

 前号のつづきである。上の写真は4台のクルマが渡った箇所の上流、下の写真はその下流だ。近くだけを眺めていると、日本のどこかの都市公園のような気もした。一見すると,公園の広い広い芝生のなかに、石組みの流れが造られたような風景なのだ。

 しかし遠くを望むと、すぐ異国の地だと分かる。家畜が多く群れ、ところどころに白いゲルが立てられている。広々として、のどかな風景とのんびりした空気。やはり,ここは日本じゃない。モンゴル高原だ!

 ところで,この流れの石はみな角がとれ、丸っこくなっていた。また石材について知識は乏しいが、花崗岩が多かったように思う。そして流れる水は清く、上流部は少し冷たかった。この流れが川となり、やがて大河になっていく。時に,それが湖に流れ込むこともあるだろう。実際に、目的地のレンチンルフンブ村を流れていたシシケッド川とテングス川は合流し、やがてバイカル湖に注ぐと聞いた。

 さて休憩の際に、気づいたことがひとつ。女性たちが一人二人と、マントのようなものを身につけ、遠くへ歩いて行くのだ。そして、その先でしゃがみ込むような様子。・・・ああ,そうか・・・これは訊かなくても事情が分かった。なかなか優雅で合理的な方法なのだ。

この号は通算で(555)号だが、今回の旅はなかなかgogogoとはいかなかった。       でも 日々体験、日々学習。 (K.M)

(554) モンゴル日記(269)

【 北モンゴル最奥部を訪ねて17 】

北モンゴル最奥部を訪ねて17

北モンゴル最奥部を訪ねて17

 日本ではおそらく目にしない、雄大な風景がつづいた。草原のところどころに頭を出していた石も少なくなってきた。そして,あちこちに放牧された家畜の群れがしだいに増えてくる。

 やがて草原の彼方に、長ーく一直線に見える群れが見えてきた。牛馬ではないなぁ、羊か羊とヤギの混成部隊だろう。近づくと、「まるでこりゃあ”ラインダンス”だ」。そう思うと、何だか楽しくなってきた。(上の写真)

 隣で運転しているBさんが声をかけてきた。あちこちの風景を見て、筆者がたびたび「わォー」「ひゃー」と喚声をあげていたからだろう。彼はモンゴル人なので、「何が面白いのか分かりませんが,楽しいですか、シャチョー?」「もちろん!!」

 ところで,前号で触れた難所が下の写真だ。3台が渡り終わり、残るはレクサスだけだった(写真の左)。けれど,さすがにこのクルマ、難なくこちら側に来た。やはり,いちばん心配だったのはわがXトレイル。プラドでもレクサスでも、タイヤの半分は水につかるほどの深さだった。けれども,流速がそれほどなかったのは幸いだった。そのうえ水もきれいで、何か起きても対応できただろう。

 「まぁ,渡りきれなかったら、皆で押せばいい」、覚悟はしていた。が,結局わがXトレイルは低速で一気に横ぎった。あっさり渡ってしまった。

この後,皆で一服をとる。しばし休憩、しばしお茶。 (K.M)

(553) モンゴル日記(268)

【 北モンゴル最奥部を訪ねて16 】

>【北モンゴル最奥部を訪ねて16 】

>【北モンゴル最奥部を訪ねて16 】

 草原に岩が飛び出していたあの奇観は、やがて見えなくなった。そして再び、上の写真のようにどこまでも草原と丘陵が広がる風景になった。そして,そこには放牧されている家畜たちが、点か線の姿で加わった。

 ところでオフロードの道についてである。上の写真のように、この辺りでは実質的には2車線が出来あがっていた。行き来するクルマのわだちで、形成されたのだろう。しかし通行量がそれほどあるのだろうか。この辺を走っている間は,よそのクルマに1台も会わなかったのに。

 また土の乾燥の関係か、土質が変わったのか、路面の土の色が変わってきた。これまでの茶系から赤みの強い色に変化した。そのためか土ぼこりの原因となる、路面に溜まった粉状の土の量がだいぶ多くなった。

 やがて下の写真のように、草原に再び岩や石が現れた。でも,前に見たあの奇妙な風景とは違う。石や岩は大きくなく、集積もしていなかった。1個1個のようだ。大きく,あるいは高く飛び出してもいない。また,後ろのなだらかな山には、木々の繁みも見える。

 こちらの方が受ける印象は柔らかである。こうした景観を眺めていたら、ふと日本庭園を連想した・・・何だか「配石」みたい。と,それも束の間、次の難所が出現した!大きな「清流」が、この大草原の真っただ中を横ぎっていたのだ!わがXトレイルの不安が、また頭をよぎった。

一難去ってまた一難。時々緊張、時々不安。 (K.M)

(551) モンゴル日記(266)

【北モンゴル最奥部を訪ねて14 】

モンゴル日記|北モンゴル最奥部を訪ねて

>【北モンゴル最奥部を訪ねて14 】

 高原のような場所に出ると、路面はデコボコが少なくなってきた。また,急な上り・下りもほとんどなくなった。平坦で乾燥した土の道がしばらく続く。あたりはしだいに草地の丘陵が広がり,気持ちのよい風景となった。ただし,樹木はまったく現れない。

 ただ困ったのは乾いた土の路面なので、前を行くクルマの土ぼこりが大量に舞いあがることだった。だから,暑いけれども窓などとても開けていられない。それで前走車の土ぼこりを避けようと、各車ともだいぶ車間距離をとりはじめた。その結果、ときどき先頭のBa氏のクルマを見失うこともあった。しかし,後続車がだいぶ遅れると、彼はその先々でちゃんと待っていてくれた。やはり彼は隊長にふさわしかった。

 そのうち草原のあちこちに岩が露出する、風変わりな景色が現れた(上の写真)。草原から、岩の集団が頭を突き出したような感じだった。これはいわゆる節理といわれる岩の集積なのだろうか?中には明日香村の「石舞台」が砕かれたような姿のものもあった。きっと太古の昔,地殻変動か何かで形成されたのだろう。この奇観はしばらく続いた。

 こうした丘陵の草原を走っていても、必ず放牧された牛・馬あるいは羊・ヤギの群れが視界に入ってくる。ということは、彼らを飼う遊牧の人々もこの辺りで生活していることを意味する。目を凝らしてよーく眺めると、遠くに白いゲルも所々に発見できた。(下の写真)

土ぼこりを気にしなければ、快適な走行だった。 あちこち景勝地、あちこち喚声。 (K.M)

(550) モンゴル日記(265)

【 北モンゴル最奥部を訪ねて 13 】

モンゴル日記-北モンゴル最奥部を訪ねて -05

モンゴル日記-北モンゴル最奥部を訪ねて -06

 オフロードの道は深い穴ぼこや大きな水たまりも現れるようになった。さらには上り勾配がつづき、下り坂はほとんど無かった。そして道路両側の景色も変わってくる。遠くに見えていた岩山も目の前に迫ってきた。(写真上)

 そのうち道路が沼のようになった場所に出くわす。それは路面全体が泥水のプールのようで、かなりの量の水が溜まっていた。両側には迂回できる余地はない。それでXトレイルはその”沼”を渡る前にいったん停車し、4WDに切り替えた。そうなのだ!持ち主のB氏には失礼だが、中古車なのでフルタイムではない。そうして、前走のランドクルーザーの走りとルートを手本にしながら、慎重に泥水の中に進入した。そして,何とか・・・渡り終えた。(写真下)

 その後も上り坂,水たまり,上り坂,水たまりの繰り返しがつづく。とするうちに、標高が少しづつ上がって来ているようだった。やがて,ようやく平坦な場所に到達し、まわりの眺望が一気に広がった!

 この最初の難所を4台とも無事に乗りきると、高原のような場所に出ていたのだ。(最初の難所と書いたが、この先何十ヶ所の難所があったろうか?!)B氏に聞いたら、この辺りで標高が約1,700mとのこと。ここを抜けると、4台ともスピードと土ぼこりを上げながら進んだ。

やがて草原のあちこちに岩の露出した奇観が現れた。しばらく疾走、しばらく笑顔。(K.M)

(549) モンゴル日記(264)

【 北モンゴル最奥部を訪ねて 12 】

モンゴル日記-北モンゴル最奥部を訪ねて -03

モンゴル日記-北モンゴル最奥部を訪ねて -04

 写真上のように、この湖が見えているうちはよかった。道路の路面も気持ちも穏やかだった。だいたいこの地方にはフブスグル湖を筆頭に、大小の湖沼が点在しているようだ。この美しい湖もその一つなのだろう。

 路面状況は最初のうち,悪くはなかった。高低差もそれほどなかった。ただ各車ともあまりスピードを落とさなかったから、土ぼこりが舞った。後続車は大変だったろう。でも,その頃は近くに草原と湖,遠くになだらかな山々がつらなり、絵に描けるような景色だった。

 ところが写真下のように、湖が見えなくなったあたりから、ごつごつした岩山が姿を現した。この辺から道路が悪くなってくる。ただ筆者やドライバーB氏もまだ余裕のある表情で、こんな会話を交わしていた。「あの岩山は何かに似てますね,シャチョー」「ヨロイカブトみたいですな。ところで,山裾にあるあの木造の建物は何ですか?Bさん」「あれは放牧した家畜が冬場 逃げ込む所ですよ。冬用の避難小屋」「なるほど」

 しだいに路面は石混じり・岩混じりに変わってきた。そして,上り坂がつづく。しまいに大きな水たまり、いや道路が小さな沼になったような場所にぶつかった。この地方では数日前に大雨が降ったらしい。結局このあとから、その大雨の影響が至る所で表れた。

4台中もっとも華奢なXトレイルはこの先,大丈夫かいな?随所に悪路、随所に難関。 (K.M)

(548) モンゴル日記(263)

【 北モンゴル最奥部を訪ねて 11 】

モンゴル日記-01

モンゴル日記-02

 フタコブラクダと別れ、いよいよ舗装道路から外れる。反対側の草原では、アザミのような花が筆者たちを見送るように咲いていた。(写真上)

 4台のクルマは山と湖に囲まれた草原のオフロードに突入していく(写真下)。クルマは先頭を進む”隊長”Ba氏のランドクルーザーだ。彼は釣りの関係でモンゴル中に出かける。だから,こうしたオフロードはお手のもの。今回のルートも詳細は彼しか知らないとのこと。そうした事情もあり、彼に先頭を走ってもらったようだ。

 最初のうちは路面の凸凹や水たまりもひどくなかった。だから、「大したことないじゃない。それより湖は見えるし、草原もきれいだし」、などとノンビリ構えていた。

 が、それは甘かった。しだいに路面状態は悪くなっていく。それに,先頭のBa氏は凸凹があってもあまり速度を落とさない。その先頭車に遅れまいと、こちらもスピードを落とさずに突っ込んでいく。だから,時々ひどい上・下動が車体を襲う。シートベルトをしていても、その度にどこかに掴まっていないと、体が浮いた。また頭を天井にぶつけたことも一度ではなかった。

 ところでB氏の話によれば、Ba氏はモンゴルの釣り界では今や有名らしい。それで弟子が何人もいるという。今回はその中の一番弟子の若者を同行させていた。

Xトレイルは車体から様々な音を発してきた!時々きしみ、時々うめき。 (K.M)

(545) モンゴル日記(260)

【 北モンゴル最奥部を訪ねて 8 】

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 相変わらずの道路と風景が続いた。上の写真のごとく、道路はまっすぐで通るクルマが少ない。対向車も数分に1台くらいしかやって来ない。筆者たち4台は北上を続けた。そして,Xトレイルは時速100km前後で進んだ。結局ほかの3台も似たような速度だった。

 風景は大らかですばらしい。けれど,変化に乏しい。こんな風景が2時間も3時間も続くと、日本人でも飽きてくるかもしれない。そして,ドライバーなら眠気を催す場合もあるだろう。じっさい親友B氏はこう語っていた。「オフロードだと緊張しますが、舗装道路はときどき退屈になってきます。だから,たまに眠くなってくることもありますね。心配しないで、私はダイジョーブ,ダイジョーブ」。

 そんな車中でこんな会話もあった・・・「ねェBさん,モンゴルには速度制限はないの?」「一応ありますよ。ただ,それを守るかどうかはその人しだいです。それにモンゴルで”ネズミ取り”は見たことないでしょう」。

 こんな感じで会話をしていても、いよいよ眠気が襲ってくる場合がある。そんな時,彼は独特の方法をとった。日本製CDをプレーヤーにかけて音楽を聴く。やがて歌い出す。ときどき筆者にもそれを強要したが。そこには長渕剛なども登場した。これが彼の居眠り防止法らしい。

下の写真には茶色の部分が写っている。これは麦畑だ。運転は 日々安全、日々感謝。(K.M)

(544) モンゴル日記(259)

【 北モンゴル最奥部を訪ねて 7 】

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 写真は前号の峠からウブスグル県の県都ムルンに向かう途中でのものだ。結局あの峠からムルン到着まで約3時間。上の写真のような風景が続いた。そして,ときどき変わった格好の山にも出くわす。写真のそれも台形のようなカタチをして、きれいな斜面と線を見せていた。

 また,この地域で最も標高があるという名山も望むことができた。急峻ではないが、美しい大きな山容だった。B氏によれば、富士山より高くて標高は4,000mくらいとのこと。地元の人々はその山に畏敬の念を抱いているという。残念ながら,その雄姿は撮影できなかった。この時カメラが記憶容量不足に陥ったからだ。

 ところで,この辺りでは小麦畑はほとんど見かけなかった。やはり放牧が盛んな地域のようだ。ただ道路脇にときどき出現する、白,青,黄色などお花畑のような野草が美しかった。その景観は帰路で撮影したので、後日お見せしたい。

 ムルンに近づいたら、またヤギと羊の群れが道をふさいでいた(写真下)。けれど,彼らはまもなく通してくれた。話は飛ぶが、さてヤギと羊は同じ群れにいて仲たがいを起こさないのだろか?結論から言うと、彼らはいざこざを起こさない。牛とヤクもそうだという。お互いを同種だと認識しているのだろうか。

この後,羊毛を山積みにしたトラックに出会って驚いた!(記事は次々号に。)

日々発見、日々仰天。(K.M)

(543) モンゴル日記(258)

【 北モンゴル最奥部を訪ねて 6 】

20160730-05

20160730-06

 今回の旅ではまず,親友B氏が筆者を迎えに来てくれた。その後にJ氏一家と合流。さらに最初の休憩地でT氏一家とも合流した。その後はエルデネトまで走り続ける。そしてそこを過ぎてから、道路に面した広い草原で3組そろって遅いランチをとった。

 その後はウブスグル県の県都ムルンをめざす。写真はその途中、休憩をとった峠でのものだ。ウランバートルを出発してから約10時間後。

 この峠はちょうど位置が良いのか、多くの人たちがトイレ休憩も兼ねてクルマを停める。また近くに馬乳酒で有名な村があり、その産品なども売っていた。

 上の写真はその峠からの眺めである。この辺は草原ばかりではない。あたりには針葉樹を主体にした森林も見えてくる。ただ放牧のせいもあるのか、森林と草原の間にはマント群落などがほとんど見られない。

 ところで,写真下はモンゴル名でハルガイという植物である。このイラクサ科の”危険な植物”で、筆者は大変な目にあった。「シャチョー,それ触ると痛いよ」と、B氏から注意されてはいたのだが。帰路ふたたびこの峠に寄った際、スマホでこの写真を撮ろうとした。そうしたら,たまたま右手人差し指が枝に触れてしまった。ビリビリッ!!痛いのなんの・・・。指に強烈な痛みが走り、半日くらい消えなかった。

だがこのハルガイ、養毛効果があり、製品化されているという。日々用心、日々興味。(K.M)