(62) カルミア“オスボレッド” 

カルミア01

カルミア-02

 正式名称で言うと、カルミア・ラティフォリア“オスボレッド”。咲く前の蕾の色は素晴らしい赤である。残念ながら、写真(上)はその鮮やかな赤が表現されていない。写真(下)は開き始めてきたその花である。

 カルミア属の植物は北アメリカ東北部からキューバにかけて分布している。日本には大正4年(1915年)に輸入されたが、何故かあまり普及しなかったようだ。

 今から30年以上前だろう。このオスボレッドの原種であるカルミア・ラティフォリアの花を初めて見た。薄いピンクの金平糖みたいな突起がある蕾で、開くとまるで違った花形になり色が白っぽくなる。その時、世の中には愉快な花があるものだなァ、という印象を持った。

 ところがその後、このオスボレッドが出回ってきた。そして、さらに驚いた。この花の色彩と姿形の変貌に目を見張ってしまった。鮮紅色の金平糖形の蕾が、カップ状に花が開くとパッパッとピンクになっていき、しまいに開ききると白っぽく変わっていく。原種を見た時の何倍かビックリした。

 オスボレッドという名は「オスボの赤」(Ostbo Red)という意味である。オスボさんという園芸家が、カルミア・ラティフォリアの中から濃い赤花の個体を選抜し、それらを育種していった。そして、出来上がったのがオスボレッドである。そして、それは1種類ではなく何種類かあったが、たまたま日本に入ってきたのは、その中のNO.5のタイプだという。

 オスボレッドは我が家の藪のような裏庭にも1本ある。毎朝歯を磨きながら、今年もその花の変化を数週間も楽しませてもらった。

愉快な花なら なお日々好日、日々感謝。 (E.O)

(61) 丘からの夜景

わが町の夜景 新津

 宵の秋葉区(旧新津市)の市街地である。

 新津地域には丘陵があり、その西側に配水所が設置されている。そこが公園化されており、この夜景はそこから撮ったものである。節電対応のせいか、光が少ないような気がする。しかし、それもあまり気にならない。しばし佇んでいると、若い頃の記憶が甦ってきた。

 京都での学生時代を過ごした下宿は、かつての右京区(現西京区)にあった。近くには竹林を宅地化した高台の区域があり、外れには小さな公園が設けられていた。筆者たち下宿仲間7人は、そこを勝手に「夕日が丘」と呼んでいた。そこからの眺望は良く、京都の市街地を見下ろすことが出来た。この写真の何倍、いや何十倍の光がきらめいていた。

 「夕日が丘」は風の通りが良く、蒸し暑い夏の夜にはそこに下宿の仲間が度々集まり、暑気払いを催した。缶ビールや安ウイスキーは勿論のこと、つまみや,時には誰かの実家から送られてきた差し入れなども持ち寄り、飲み,語り,わめいて何時間か過ごした。

 けれど、あの頃のことを思い浮かべると、仲間のうち既に3人が故人となっていることに改めて驚く。彼らは生き急いで病に倒れた。もの静かだが,暖かい心を持っていた兵庫のM君は40代で去った。新潟出身で最も親しく、東京で精力的に仕事をこなしていたK君は、平成20年に急逝した。そして文字通り彼の後を追うように、翌年逝った山形のY君。彼は温厚で気遣いに富む実にいい男だった。

 京都時代以降も数年に一度は皆が集まり、旧交を温めていた。おそらく互いに、生涯に渡って付き合う友だと思っていたのではないだろうか。

 まもなくK君の3回目の命日がやって来る。

 合掌。 (E.O)

(60) ユリ“アスカ”

ユリ アスカ

 八重咲きのピンクのユリ“アスカ”である。

 オリエンタル系の八重咲き品種の中では、比較的整った花弁で重なりもよい。色あいも弱くなくきつくなく、程よいピンクである。

 その出自については諸説あり、日本から出たという話も、そうではなくオランダで見つけ出されたという話も聞く。また、誕生時期も今から5年前とか10年前とか、はっきりしない。ただ、世に出回ってきたのは最近になってからだ。

 以前にも書いたが、今の季節は切花であれ鉢花であれ、温室や圃場で育った花が事務所に次から次へと持ち込まれる。そして、カウンターやテーブルを飾っている。それが新しい品種になると、正直のところ大脳の老化も手伝い、その名前をなかなか覚えきれない。

 しかし、この“アスカ”という品種名は一旦聞くと忘れにくい。失念しても、思い出しやすい。筆者などは思い出せないとき、「アレアレ,あの豪華客船の名前・・・」。そうすると“アスカ”という名が浮かんで来る。それに、上述したように生まれや育ちがよく分かっておらず、いわば謎めいたストーリーも持っている。売れる条件を幾つか備えているように思う。

 最近のオリエンタル系のユリの中では、事務員さんたちの間で1,2を争う人気品種となった。

一重でも八重でもきれいな花あれば 日々好日で日々感謝。 (E.O)

(59) アサガオの双葉

アサガオの双葉-1

アサガオの双葉-2

 写真(上)は双葉だけのアサガオ苗、(下)はプランターに定植した後の姿。既に本葉が出ている。

 アサガオの双葉など、おそらく小学校以来じっくり見たことがなかった。しかしここ数年、従業員さんが自主的に事務所周辺で、アサガオの播種から苗の植え付け・支柱立てまでやってくれる。それなので、その双葉も目にしていたはずだ。けれど、花だけは楽しませてもらっていたが、注意は向けていなかったのだろう。双葉を見た記憶が無い。

 ありがたいことに今年も彼女たちは、その“アサガオ作戦”に取り組んでくれた。「ご苦労さん、今年もアサガオが見られるね。」などと声をかけながら、事務所を行き来していた。ところがある時、筆者がときどき灌水する植物の隣に、そのポット苗が並んだトレイを見つけた。「おやっ」、そこでこの双葉が目に留まった。「へえーっ、この双葉、丸っこくないし、切れ込みが深いんじゃないの!」

 訊いてみたら、やはりこのアサガオはいわゆる西洋アサガオで、“へブンリーブルー”という品種だった。日本アサガオとは系統が異なる。ただし、今やお馴染みの品種らしい。遅咲きではあるが、独特の明るい青の花を付ける。後日 勉強のためにホームセンターなどを見て回った。そうしたら、こんな風に細長く切れ込みの深い双葉を付けた品種は他にもあった。

 ところで最近、小学校では双葉と言わず「子葉」と教えるのだそうだ。・・・しようがないなァ。だから、「栴檀は双葉より芳し」という諺もしだいに忘れ去られるわけだわなァ・・・。

双葉の頃からずーっと芳しくはないけれど、それでも 日々好日、日々感謝。 (E.O)

(58) デイ・リリー

ヘメロカリス-その姿の落差-1

ヘメロカリス-その姿の落差-2

ヘメロカリスである。写真(上)は5月29日、(下)は花後で6月4日である。次から次に花が咲いてきても、わずか6日間でこれほどの変化を見せるのだ。この落差!まるで20歳代の美しい女性が、1週間後に再会したら、老女のような姿になっていた!こんな激変ぶりだ。

このヘメロカリスは、以前紹介した“やま”に植わっている。けれど、いつ誰が植えたものかよく分からない。しかし、キスゲと言われてきた。本当にユウスゲの別名のキスゲなのか,あるいは他の野生種なのか,園芸品種なのか等といったことは現在では断定できない。でも、確かにキスゲの仲間のようではある。

数百年前、キスゲ類やカンゾウ類がはじめは中国から、その後は日本からも欧州に渡っていった。その後 北米にも伝わり、栽培が盛んになっていった。そして、第二次大戦後のアメリカでは交配育種がどんどん進められ、園芸品種が次々に作出された。

厳密に言えば、そうした園芸品種をヘメロカリスと総称する、というように園芸植物事典などは述べている。しかし、一般的には野生種も含めてこう呼んでいるようである。参考までに調べたら、野生植物事典ではこの仲間はユリ科ワスレグサ属(Hemerocallis)とされている。

米国において、ヘメロカリスは‘一日花のユリ’という意味で“デイ・リリー”(day lily)と呼ばれ、多くの人々に親しまれている。また交配育種の点では、開花期間を延ばす方向で改良する流れもあるようだ。花色はかなり多様になって来ているので、今後はそれ以外の特長を持った新品種も現われることを期待したい。

花がしぼんでも 日々好日、日々感謝。 (E.O)

(57) 野菜の花-ジャガイモ

ジャガイモの花

 ジャガイモの代表的な品種の一つ「男爵薯」の花である。ジャガイモ畑の開花風景は北海道などが時々テレビで紹介されることがあるが、絵になる映像だ。

 ご承知のように、野菜の花でも観賞価値のあるものは少なくない。ジャガイモもその一つだと思う。花は5弁、花色は「男爵薯」の場合なら始めは薄い紫で、しだいに白に変わって行く。また、花組みはご覧の通り明快である。中央の黄色い花心がアクセントになっている。そして、その開花期間は短いと言うほどではない。1週間以上は咲いているのではないか。

 植物のビジネスに携わっているけれど、自分は本当に植物のごく一部しか知らない!改めて今回もこの事に気付かされた。

 植物分類上 ナスは当然のこと、トマトやピーマンもナス科である事は認識していた。しかし全く恥ずかしながら、このジャガイモもナス科だとは知らなかった。ナスやトマトやピーマンはその果実を食べる。そして、じっくり比較したことはないが、花も似ていると思っていた。

 それに対してジャガイモは、イモ(塊茎)を食べる。まれに出来るらしいが、果実も見たことがない。観察してみないと、花が似ているなどとは思わない。が、今回じっくり眺めてみると、確かに花組みは似ている。それにジャガイモは分類上 ナス科ナス属なのである。ちょっと驚いた。

 原産地は南米アンデスであり、日本には江戸時代にもたらされたと言われている。南米からヨーロッパへ、そして日本へ・・・ジャガイモのみならず、栽培植物の起源と伝播というのは好奇心をそそられるテーマではある。

花を愛で、イモも食して 日々好日、日々感謝。 (E.O)

(56) クール・フラワリング

初夏のカンパニュラ

 写真の花は、カンパニュラ・パーシフォリア(学名のラテン語読みでは、カンパヌラ・ペルシキフォリア)の“ラベラ”という品種である。カンパヌラ(Campanura)属は和名ではホタルブクロ属である。

 当地でも今月4日頃から最高気温が、25℃を超えるようになって来た。この頃に咲いてくる、薄い青色の涼しげな花である。また八重咲きではあるが、ほとんど鬱陶しく感じない。

 カンパニュラだけではなく、この時期つまり4月後半から梅雨前ころまで、次から次へと花が咲いてくる。まさに百花繚乱である。圃場でも温室でも、はたまた“やま”でも。そして、事務所のカウンターやテーブルには様々な花が持ち込まれ、飾られている。百花繚乱とまではいかないが、五花繚乱くらいにはなる。そして、来訪されるお客様や筆者たちの目を楽しませてくれている。

 そんな中でもこのカンパニュラの淡い青色(藤色)は、いっときでも視覚的に暑苦しさを減らし、すっきりとした気分にしてくれる。いわば清涼剤である。

 これから蒸し暑さが増してくる。また、今年は計画停電も予定されているようだ。こんな時、スーパークールビズももちろん結構である。けれど、それに加えて仕事や生活の空間に、涼しさを呼ぶ花色の植物を飾ったらどうだろう。

 切花でも鉢花でもいい。心に涼しさと安らぎをもたらしてくれる。青系・紫系・緑系・白系といった色の花を、周りに置いてみたらどうだろう。「園芸屋だから、そう言うんだろう。」・・・そうなんですが、それだけではないのです、実際飾ってみてください。・・・ハイ。

青や紫の花があれば 日々涼日、日々好日、日々感謝。 (E.O)

(55) ゴイサギ

とり逃がさなかった鳥

 地元の田園地帯を歩く早朝ウォーキングを始めて、7,8年経つだろうか。おそらく初めて見た鳥だと思う。いや正確に言えば、気が付かなかっただけなのだろう。

 それはともかく、番いのような2羽の見かけない鳥が薄暗い田圃に降りて、何かを啄ばんでいた。何の鳥だろう?ちょっと興奮した。それでウォーキングはちょうど戻り道だったので、「飛び去らないでくれ。」と祈りながら、早足で家に帰った。すぐさまデジカメを携えて、クルマで再び現場に向かった。良かった、彼らはまだいた!

 彼らは隣の田圃に移動してはいたが、まだ餌捕りを続けていた。車外に出ずにソーッと窓を開け、観察・撮影することにした。この鳥だけではなく、人が近づくと逃げるのが普通だが、クルマで近づいた場合には逃げないものが少なくない。経験上、そう思う。

 小形ではない鳥で、この辺りの田圃に降りて餌をとるのはサギ類くらいか。しかし、サギの仲間にしてはほっそりしていないし、ズングリムックリの体形だし・・・。カモ類が田植えをした後の水田に降りる場面など見たことがないし、その姿形でもなさそうだし・・・。

 やはり専門家に判断してもらおう。それで、いつもの鳥博士に目撃情報と画像をメールで送り、問い合わせた。早速、ゴイサギではないかという返事が届いた。そこで鳥図鑑であたってみた。なるほど、姿形,色あるいは彼らの行動等からそうだろうと確信した。さすが、博士!と、改めて感服してしまった。

鳥にときめきを覚えて 日々好日、日々感謝。 (E.O)

(54) 都忘れ

都忘れ

 いずれもミヤコワスレの花である。派手な色はないけれど、品の良い彩りが伝わってくる。

 先日、事務所のカウンターに小さい花瓶で飾られていた。あまりにも可憐だったので、テーブルに乗せ上から撮影した。

 ミヤコワスレはその花色・花の大きさ・花組み・草丈といった点で、日本人に広く受け入れられているのだと思う。しかし、それに劣らぬくらい、この名前とそれにまつわるストーリーでも多くの人を惹きつけているのではなかろうか。

 1221年、承久の変で鎌倉幕府に敗れた順徳上皇は、佐渡へ流された。その上皇が佐渡でのつらく退屈な日々の慰みに、白い菊を植えて都を忘れようとした。ここから「都忘れ」という名が付けられたという。(ここでその真偽の程を詮索するのは無粋というものだろう。)

 ただ、ミヤコワスレは植物としてはどのような位置づけになるのだろうか?それも知りたかった。そこで今回はまず、幾つかの園芸本を調べてみた。しかし、それらの中でも説明が二,三通りあるようで、最後は園芸植物と野生植物の両方の事典をあたってみた。すると、ミヤマヨメナという野生植物の古くからの園芸品がミヤコワスレとされてきた、という事らしい。

 それに関連して面白いことが分かった。研究者やマニアの方には常識なのかも知れないが、ミヤコワスレの属名がMiyamayomenaとなっているのである。これには驚いた。したがって、ミヤコワスレの正式な学名はMiyamayomena savatieri (Makino) Kitam.となっている。何かうれしいような、不思議なような気がした。

学名はともかく花があれば 日々好日、日々感謝。 (E.O)

(53) ムクドリ

青空、電線、ムクドリ

 真っ青な空,電線・・・何の変哲もない風景だったが、さわやかな朝だった。その電線にちょこんとムクドリが2羽止まっていた。

  暖かくなると見かけることが多いこの賑やかな鳥は、子供の頃から知っていた。同じ新潟近辺でも筆者の生まれ育った地域では、方言でムクドリを“ヨノ”と言っていた。しかし、当地に来たら“ギャラ”と呼ぶ。何やら出演料みたいだが、あのギャアギャアという鳴き声を連想させるようで面白い。

 ところで小学生の頃、ムクドリには悪い事をしたと思う。それは仲間とムクドリの巣を探しては、そこにいる幼鳥を誘拐した。幼鳥を家に持ち帰り、竹篭に入れて飼うためである。その頃、野鳥を捕まえて飼うことが流行していたように思う。好きな連中はムクドリに限らず、メジロ等も飼育していた。筆者はそこまではしなかったが、何か面白みを感じたのだろう。誘われればその幼鳥ハンティングについて行った。

 巣は新潟平野のあちこちで見られた「はさ木」にあった。「はさ木」は刈った稲を乾燥するために用いた、トネリコの列植である。そのトネリコの木の‘うろ’の中によく作られていた。それらの巣穴は危険を避けるため、たいていは上の方にあった。しかし、子供なりによく学習し、巣穴がありそうな木に目星をつけて登ると、たいていは数羽の幼鳥か雛がいた。そして、子を連れ去ろうとすると、親鳥が子をさらわれまいとして、しばしば必死になって周りで飛び騒いだ。

 その後 中学に進むと、さすがにこんな事はしなくなった。けれど今でもムクドリに出会うと、あの頃の記憶が贖罪意識と共に甦る。

騒がしい鳥でも、出会えば 日々好日、日々感謝。 (E.O)