宵の秋葉区(旧新津市)の市街地である。
新津地域には丘陵があり、その西側に配水所が設置されている。そこが公園化されており、この夜景はそこから撮ったものである。節電対応のせいか、光が少ないような気がする。しかし、それもあまり気にならない。しばし佇んでいると、若い頃の記憶が甦ってきた。
京都での学生時代を過ごした下宿は、かつての右京区(現西京区)にあった。近くには竹林を宅地化した高台の区域があり、外れには小さな公園が設けられていた。筆者たち下宿仲間7人は、そこを勝手に「夕日が丘」と呼んでいた。そこからの眺望は良く、京都の市街地を見下ろすことが出来た。この写真の何倍、いや何十倍の光がきらめいていた。
「夕日が丘」は風の通りが良く、蒸し暑い夏の夜にはそこに下宿の仲間が度々集まり、暑気払いを催した。缶ビールや安ウイスキーは勿論のこと、つまみや,時には誰かの実家から送られてきた差し入れなども持ち寄り、飲み,語り,わめいて何時間か過ごした。
けれど、あの頃のことを思い浮かべると、仲間のうち既に3人が故人となっていることに改めて驚く。彼らは生き急いで病に倒れた。もの静かだが,暖かい心を持っていた兵庫のM君は40代で去った。新潟出身で最も親しく、東京で精力的に仕事をこなしていたK君は、平成20年に急逝した。そして文字通り彼の後を追うように、翌年逝った山形のY君。彼は温厚で気遣いに富む実にいい男だった。
京都時代以降も数年に一度は皆が集まり、旧交を温めていた。おそらく互いに、生涯に渡って付き合う友だと思っていたのではないだろうか。
まもなくK君の3回目の命日がやって来る。
合掌。 (E.O)
