善峯寺では、実はつらい思い出も蘇る。京都での学生時代、たまに気が向くと、人の行かない場所を選び、散策したものだ。その中でも忘れられない一つがこの寺である。というのは、ここを最初に訪れた時、今は亡き親友K君が一緒だった。そして、彼もここを大変気に入った。彼はその後も何度かここを訪ねたらしい。それで今回、境内を歩くうちに、やはり彼のことを思い出した。
入学時から3回生頃まで右京区に下宿し、そこから通学していた。その最初の下宿に入居したその日に、K君に初めて会った。陽性で人なつっこい彼と話を交わしていくうちに、二人とも驚いた。まず、通う大学も学部も同じ、出身も同じ新潟市。そのうえ高校も一緒で、彼が一年後輩にあたるのだった。そして、お互いの誕生日が二ヶ月しか違わなかった。
彼は卒業後、通信社に就職した。彼がロサンゼルス駐在になった数年間を除けば、その京都での出会い以来ずーっと平成20年の彼の急死まで、30年以上にわたって親交を重ねた。東京本社に落ち着いてからは、筆者が上京するたびに夜はふたりで盃を重ねた。そんな間にも、彼は職場では部長にまで上り詰めていた。
その彼が平成20年6月、急性の心臓病で命を落とした。訃報を受けた時、全く信じられなかった。そして 新潟での葬式では、筆者が親友代表として弔辞を捧げた。
写真上は、参道から伽藍の屋根と洛南方面を望んだものである。また 写真下は東門そばの雑木林で、まるで筆者を見送りに来たような野鳥のウソである。
このウソはK君の生まれ変わりかも知れない。合掌。 (K.M)

