(558) モンゴル日記(273)

【 北モンゴル最奥部を訪ねて21 】

 北モンゴル最奥部を訪ねて21

 北モンゴル最奥部を訪ねて21

 前号で述べた花の咲く斜面のことである。そこには群落といえるような集団はなかったが、いろいろな花が少しづつ咲き混じっていた。それでも筆者には楽しかった。そして,そこで皆がそれぞれの所用を済ました。

 休憩を終えて、再び4台は走り出す。その先に広がっていた風景が上の写真である。山あいの道路は曲がりくねっていた。しかし,電柱は等間隔に立っていて、ほぼ真っ直ぐにきれいな列をなしていた。所々で日光を遮っていた雲が、地上に影をつくっていた。

 さてモンゴルの電柱のことを書く。親友B氏によれば、モンゴルではどんな奥地でも集落があれば、ほとんど電気が通じているという。だから,もし道に迷ったら付近の電柱を探し出し、それを頼りに進んでいくと、だいたいは集落にたどり着くという。

 さて下の写真について。モンゴルでエーデルワイスと呼ばれているウスユキソウの仲間である。このモンゴル・エーデルワイスは、休憩した草原にはあまり多くはなかった。けれど,そこを過ぎてからしだいに、路傍に多く見られるようになってきた。

 もともとモンゴル・エーデルワイスは広く分布し、ちょっと気をつけていると、あちこちで目にすることができる。ウランバートルでも郊外の草地,たとえばダーチャあたりなら、容易に確認できる。

ところで,いつになったら目的地に着けるのだろうか。時おり心配、時おり不安。 (K.M)

(557) モンゴル日記(272)

【 北モンゴル最奥部を訪ねて20 】

20160827-01

20160827-02

 相変わらず草原と丘陵がつづいた。けれど,しだいに平地がなくなってきた。やがて道路の両側とも,なだらかな傾斜の草原になった。家畜の群れもゲルもほとんど見えなくなる。しかし,のんびりした風景は変わらず、何の音も聞こえてこない。

 話は変わるが、これが今頃のような暖かい時期ならいい。一転,冬になると状況が違ってくる。それで上の写真に出ている木造の施設のことを述べる。

 前にも触れたが、これらは家畜のために設置した冬季用の避難小屋だ。たいてい山裾に設けられている。冬の寒さが厳しい時には、家畜たちをここに誘導する。それでもなお酷寒の場合、百万頭の単位で家畜が死ぬことがある。こんな時はニュースにもなり、筆者もテレビで見たことがある。

 こうした事態に陥ると、家畜たちが可哀想,などといった次元ではもちろん問題が片付かない。それはこの国の産業の話に変わってしまう。モンゴルの有力な輸出農産物にもなっている食肉や乳製品のビジネスに悪影響が及ぶ。

 ところで,下の写真で青い花はキキョウの仲間である。その隣にはマンテマの花も見える。また左奥にはエーデルワイスも確認できる。上の写真の場所を過ぎてまもなく、あちこちで花の咲く斜面に出た。そこではいくつかの花を見ることができた。

ここでの休憩が11時頃、ランチが結局14時頃だった。まだまだ先のランチ、もう腹の空き?!  (K.M)

(556) モンゴル日記(271)

【 北モンゴル最奥部を訪ねて19 】

北モンゴル最奥部を訪ねて19

北モンゴル最奥部を訪ねて19

 今回の旅行では行き・帰りの途中でも、印象的な風景や出来事にいくつも遭遇した。というよりは、その道中も旅の一部なのだ。目的地で過ごす時間だけが旅の中身ではない、と今回その思いを強くした。

 さて上の写真である。野鳥の集団が踊っていたのだ!ほんとうにそんな風に感じた。翼を広げ動かし、何羽もそうした動作をしていた。一方,飛んできて着地するのか、翼を広げてまだ空中にいた鳥もいた。また地上に下りて羽を休めているだけの連中もいた。数は20,30羽はいたろうか。これはほんの十数秒の貴重な目撃だった。運が良かったのだろう。

 この光景を目にしてうれしくなった。感激した!イヌワシにつづいて、こんな近距離で異郷の”ガン”を見ることができた。(この時は知識もないのに、勝手にガンと思い込んでいた。あとで鳥博士に正解をお聞きして、少し驚いた。彼らはガンではなくカモの仲間だったのだ。アカツクシガモという鳥だった。)

 さて下の写真は、路面の色がまた変化してきたようすだ。やはり土質の変化なのだろうか。今度はこんな風に黒っぽくなってきた。

 ところで,この風景の中でゲルのそばに電柱が見える。「あれっ!?」と思われるかもしれない。が,モンゴルではこうした電柱のある風景というのは奥地でも目にする。

いずれ機会があったら、その電柱の説明もしたい。日々草原、日々鳥々。 (K.M)

(555) モンゴル日記(270)

【 北モンゴル最奥部を訪ねて18 】

北モンゴル最奥部を訪ねて18

北モンゴル最奥部を訪ねて18

 前号のつづきである。上の写真は4台のクルマが渡った箇所の上流、下の写真はその下流だ。近くだけを眺めていると、日本のどこかの都市公園のような気もした。一見すると,公園の広い広い芝生のなかに、石組みの流れが造られたような風景なのだ。

 しかし遠くを望むと、すぐ異国の地だと分かる。家畜が多く群れ、ところどころに白いゲルが立てられている。広々として、のどかな風景とのんびりした空気。やはり,ここは日本じゃない。モンゴル高原だ!

 ところで,この流れの石はみな角がとれ、丸っこくなっていた。また石材について知識は乏しいが、花崗岩が多かったように思う。そして流れる水は清く、上流部は少し冷たかった。この流れが川となり、やがて大河になっていく。時に,それが湖に流れ込むこともあるだろう。実際に、目的地のレンチンルフンブ村を流れていたシシケッド川とテングス川は合流し、やがてバイカル湖に注ぐと聞いた。

 さて休憩の際に、気づいたことがひとつ。女性たちが一人二人と、マントのようなものを身につけ、遠くへ歩いて行くのだ。そして、その先でしゃがみ込むような様子。・・・ああ,そうか・・・これは訊かなくても事情が分かった。なかなか優雅で合理的な方法なのだ。

この号は通算で(555)号だが、今回の旅はなかなかgogogoとはいかなかった。       でも 日々体験、日々学習。 (K.M)

(554) モンゴル日記(269)

【 北モンゴル最奥部を訪ねて17 】

北モンゴル最奥部を訪ねて17

北モンゴル最奥部を訪ねて17

 日本ではおそらく目にしない、雄大な風景がつづいた。草原のところどころに頭を出していた石も少なくなってきた。そして,あちこちに放牧された家畜の群れがしだいに増えてくる。

 やがて草原の彼方に、長ーく一直線に見える群れが見えてきた。牛馬ではないなぁ、羊か羊とヤギの混成部隊だろう。近づくと、「まるでこりゃあ”ラインダンス”だ」。そう思うと、何だか楽しくなってきた。(上の写真)

 隣で運転しているBさんが声をかけてきた。あちこちの風景を見て、筆者がたびたび「わォー」「ひゃー」と喚声をあげていたからだろう。彼はモンゴル人なので、「何が面白いのか分かりませんが,楽しいですか、シャチョー?」「もちろん!!」

 ところで,前号で触れた難所が下の写真だ。3台が渡り終わり、残るはレクサスだけだった(写真の左)。けれど,さすがにこのクルマ、難なくこちら側に来た。やはり,いちばん心配だったのはわがXトレイル。プラドでもレクサスでも、タイヤの半分は水につかるほどの深さだった。けれども,流速がそれほどなかったのは幸いだった。そのうえ水もきれいで、何か起きても対応できただろう。

 「まぁ,渡りきれなかったら、皆で押せばいい」、覚悟はしていた。が,結局わがXトレイルは低速で一気に横ぎった。あっさり渡ってしまった。

この後,皆で一服をとる。しばし休憩、しばしお茶。 (K.M)

(553) モンゴル日記(268)

【 北モンゴル最奥部を訪ねて16 】

>【北モンゴル最奥部を訪ねて16 】

>【北モンゴル最奥部を訪ねて16 】

 草原に岩が飛び出していたあの奇観は、やがて見えなくなった。そして再び、上の写真のようにどこまでも草原と丘陵が広がる風景になった。そして,そこには放牧されている家畜たちが、点か線の姿で加わった。

 ところでオフロードの道についてである。上の写真のように、この辺りでは実質的には2車線が出来あがっていた。行き来するクルマのわだちで、形成されたのだろう。しかし通行量がそれほどあるのだろうか。この辺を走っている間は,よそのクルマに1台も会わなかったのに。

 また土の乾燥の関係か、土質が変わったのか、路面の土の色が変わってきた。これまでの茶系から赤みの強い色に変化した。そのためか土ぼこりの原因となる、路面に溜まった粉状の土の量がだいぶ多くなった。

 やがて下の写真のように、草原に再び岩や石が現れた。でも,前に見たあの奇妙な風景とは違う。石や岩は大きくなく、集積もしていなかった。1個1個のようだ。大きく,あるいは高く飛び出してもいない。また,後ろのなだらかな山には、木々の繁みも見える。

 こちらの方が受ける印象は柔らかである。こうした景観を眺めていたら、ふと日本庭園を連想した・・・何だか「配石」みたい。と,それも束の間、次の難所が出現した!大きな「清流」が、この大草原の真っただ中を横ぎっていたのだ!わがXトレイルの不安が、また頭をよぎった。

一難去ってまた一難。時々緊張、時々不安。 (K.M)

(552) モンゴル日記(267)

【 北モンゴル最奥部を訪ねて15 】

>【北モンゴル最奥部を訪ねて15 】

>【北モンゴル最奥部を訪ねて15 】

 この2枚の写真はボケていて恐縮だが、筆者にとっては貴重なものとなった。生まれて初めてイヌワシの姿を撮影したのだ!これは今回の旅の忘れられない情景のひとつである。

 草原の道を走っていたときだ。運転していたB氏が突然、「シャチョー、コンドル,コンドル!!」と叫んだ。彼はハンドルから右手を離し、クルマの前方左の方を指さすではないか!「ん?!おっワシだ,ワシ!カメラ!あれっ?!」

 カメラは首からぶら下げていた。そのカメラをスタンバイするには,ちと時間がかかった。幸いカバーを外してあったのはいい。が,振動する車内から望遠でその姿をとらえるには、筆者にはムリだった。しかし「エーイッ」、シャッターを何度か押す。その中で比較的マトモだったのがこの2枚なのだ。上の写真には2羽しか写っていないが、イヌワシは全部で4羽いた。

 うまく撮影できなかったのは、まずスキルが身についていないことが根本原因。それにもう一つ、「クルマ停めてー!写真撮るから」、などとは言えない事情があった。クルマを停めると、はるか先の目的地をめざして急ぐ各車に、迷惑をかけるからだ。筆者以外の人たちは、トイレ休憩かランチタイムの時しか停車しないものと考えていた。

 なお,この不鮮明な写真を手がかりにイヌワシと判定してくれたのは、久々の登場,鳥博士のK氏だった。

こんな間近でイヌワシに会えて興奮した!日々幸運、日々感謝。 (K.M)

(551) モンゴル日記(266)

【北モンゴル最奥部を訪ねて14 】

モンゴル日記|北モンゴル最奥部を訪ねて

>【北モンゴル最奥部を訪ねて14 】

 高原のような場所に出ると、路面はデコボコが少なくなってきた。また,急な上り・下りもほとんどなくなった。平坦で乾燥した土の道がしばらく続く。あたりはしだいに草地の丘陵が広がり,気持ちのよい風景となった。ただし,樹木はまったく現れない。

 ただ困ったのは乾いた土の路面なので、前を行くクルマの土ぼこりが大量に舞いあがることだった。だから,暑いけれども窓などとても開けていられない。それで前走車の土ぼこりを避けようと、各車ともだいぶ車間距離をとりはじめた。その結果、ときどき先頭のBa氏のクルマを見失うこともあった。しかし,後続車がだいぶ遅れると、彼はその先々でちゃんと待っていてくれた。やはり彼は隊長にふさわしかった。

 そのうち草原のあちこちに岩が露出する、風変わりな景色が現れた(上の写真)。草原から、岩の集団が頭を突き出したような感じだった。これはいわゆる節理といわれる岩の集積なのだろうか?中には明日香村の「石舞台」が砕かれたような姿のものもあった。きっと太古の昔,地殻変動か何かで形成されたのだろう。この奇観はしばらく続いた。

 こうした丘陵の草原を走っていても、必ず放牧された牛・馬あるいは羊・ヤギの群れが視界に入ってくる。ということは、彼らを飼う遊牧の人々もこの辺りで生活していることを意味する。目を凝らしてよーく眺めると、遠くに白いゲルも所々に発見できた。(下の写真)

土ぼこりを気にしなければ、快適な走行だった。 あちこち景勝地、あちこち喚声。 (K.M)

(550) モンゴル日記(265)

【 北モンゴル最奥部を訪ねて 13 】

モンゴル日記-北モンゴル最奥部を訪ねて -05

モンゴル日記-北モンゴル最奥部を訪ねて -06

 オフロードの道は深い穴ぼこや大きな水たまりも現れるようになった。さらには上り勾配がつづき、下り坂はほとんど無かった。そして道路両側の景色も変わってくる。遠くに見えていた岩山も目の前に迫ってきた。(写真上)

 そのうち道路が沼のようになった場所に出くわす。それは路面全体が泥水のプールのようで、かなりの量の水が溜まっていた。両側には迂回できる余地はない。それでXトレイルはその”沼”を渡る前にいったん停車し、4WDに切り替えた。そうなのだ!持ち主のB氏には失礼だが、中古車なのでフルタイムではない。そうして、前走のランドクルーザーの走りとルートを手本にしながら、慎重に泥水の中に進入した。そして,何とか・・・渡り終えた。(写真下)

 その後も上り坂,水たまり,上り坂,水たまりの繰り返しがつづく。とするうちに、標高が少しづつ上がって来ているようだった。やがて,ようやく平坦な場所に到達し、まわりの眺望が一気に広がった!

 この最初の難所を4台とも無事に乗りきると、高原のような場所に出ていたのだ。(最初の難所と書いたが、この先何十ヶ所の難所があったろうか?!)B氏に聞いたら、この辺りで標高が約1,700mとのこと。ここを抜けると、4台ともスピードと土ぼこりを上げながら進んだ。

やがて草原のあちこちに岩の露出した奇観が現れた。しばらく疾走、しばらく笑顔。(K.M)

(549) モンゴル日記(264)

【 北モンゴル最奥部を訪ねて 12 】

モンゴル日記-北モンゴル最奥部を訪ねて -03

モンゴル日記-北モンゴル最奥部を訪ねて -04

 写真上のように、この湖が見えているうちはよかった。道路の路面も気持ちも穏やかだった。だいたいこの地方にはフブスグル湖を筆頭に、大小の湖沼が点在しているようだ。この美しい湖もその一つなのだろう。

 路面状況は最初のうち,悪くはなかった。高低差もそれほどなかった。ただ各車ともあまりスピードを落とさなかったから、土ぼこりが舞った。後続車は大変だったろう。でも,その頃は近くに草原と湖,遠くになだらかな山々がつらなり、絵に描けるような景色だった。

 ところが写真下のように、湖が見えなくなったあたりから、ごつごつした岩山が姿を現した。この辺から道路が悪くなってくる。ただ筆者やドライバーB氏もまだ余裕のある表情で、こんな会話を交わしていた。「あの岩山は何かに似てますね,シャチョー」「ヨロイカブトみたいですな。ところで,山裾にあるあの木造の建物は何ですか?Bさん」「あれは放牧した家畜が冬場 逃げ込む所ですよ。冬用の避難小屋」「なるほど」

 しだいに路面は石混じり・岩混じりに変わってきた。そして,上り坂がつづく。しまいに大きな水たまり、いや道路が小さな沼になったような場所にぶつかった。この地方では数日前に大雨が降ったらしい。結局このあとから、その大雨の影響が至る所で表れた。

4台中もっとも華奢なXトレイルはこの先,大丈夫かいな?随所に悪路、随所に難関。 (K.M)