(49) 白い花-その4

白い花

 写真を目にした時、まるで重い雪をかぶった樹木のようだと思った。花が満開のオオデマリである。早朝の光の加減なのか、独特の色調を帯びた画像となった。

 オオデマリの花は名前のごとく、手毬と表現した方がよいような形とボリュームになる。これは装飾花ゆえなのだろう。また咲き出しの頃、うすーい緑色を帯びるのも悪くない。それがしだいに白くなって行くのだが、その色彩の微妙な変化を見せるのもこの花の魅力だと思う。

 ウォーキングの行き帰りに必ず目にするこのオオデマリの木。今朝は台風2号くずれの温帯低気圧による強風のため、咲き終わった花々がすっかり散り落ちていた。そして無数の花びらが、根もとの周りにまるで積雪のように溜まっていた。あの盛大な開花から華々しい(?!)散り様まで、賑やかな祭りの神輿がやって来て、一騒ぎしてさーっと去って行ったような感じである。

 なお蛇足ではあるが、分類上オオデマリはスイカズラ科ガマズミ属であり、コデマリの方はバラ科シモツケ属である。

花があれば 日々好日、日々感謝。 (E.O)

(48) 月に松

月と松

 やっと、まともな月らしい写真が撮れた。満月に近い美しい月だった。

 これまでお月様の写真は数回載せた。しかし、月が小さ過ぎたり、水面に映った月だったが画像が崩れていたりとか。いずれも説明がなければ分かりづらかった。狙いは悪くはなかったのだが、ツキが無かった・・・などとは言わない。ただ単に、カメラと腕のレベルが低かっただけなのだろう。 

 ところが、今回はそんな心配をしなくても、見事な月がカメラにおさまった。きっとタイミングが良かったのだろう。まともに写った味わい深い一枚である。

 この時の月はしばし見上げていると、まさに絵にしたいような、心が吸い込まれるような月だった。こうした味わいを画趣と言うのだろうか。

 ところで こんな風にして、月をじっくりと眺める事など何十年もなかった。正直言うと、きっかけはこのブログの表題を『花鳥風月・・・人』としたからだ。この中に”月”も入っているので、たまには取り上げなければならないと考えたからだ。

 けれど、これが結果的にありがたかった。たまに お月様を拝むのは良いものだ。満月,半月,三日月・・・新潟の月,ハバロフスクの月,ウランバートルの月・・・。今風ならばバードウォッチングならぬ“ムーンウォッチング”と表現すればよいのかもしれない。しかし、あえて“月見”という言葉を用いて、それをお薦めしたい。月を眺めていると心が落ち着く。とくに満月を見つめていると、心がまあるくなって来る。

 「月光の つきぬけてくる 樹の匂い」   (桂 信子) 

月々好月、月々感謝。 (E.O)

(47) スズメの朝食?

朝のスズメ

 先日 強風が去った後のクロマツの下である。いつになくスズメが4羽も来ていて、盛んに何かを啄ばんでいた。(5羽ではない。写真の手前から二番目は肥えたスズメのようだが、実は松かさである。)朝の5時少し前のことだった。

 今の時期 強風の時にはマツの木から、色んな物が落ちてくるようだ。そうした落下物のうち、松かさは遠くからでも分かる。しかし、それ以外のマツの種子、あるいは雄花や昆虫といったものは真下に行かなければよく見えない。スズメはそれらのうちの何かを、しきりにつついていた様子なのだ。

 彼らがいなくなってから、マツの木の下を調べてみた。松かさや雄花は認められたが、あとはさっぱり分からなかった。というより、それ以外のモノは見つからなかった。今度、例の鳥博士にお会いしたら聞いてみよう。

 スズメは小さい体で、せわしない動きや“はね歩き”などをしたり、チュンチュンという鳴き声もあって、なかなか可愛らしく感じる。また、実際 筆者なども彼らの行動をずっと観察していても飽きない。 身近であるだけでなく、何かしら魅力があるのだろう。雀は昔から俳句などにも詠まれて来た。参考に調べてみたら、一茶などは「雀の子 そこのけ そこのけ 御馬が通る」といったよく知られた作品だけではなく、スズメに関しては驚くほど多くの句を作っている。

 その中から食事に関する一句を・・・「猫の飯 相伴するや 雀の子」

若い頃、麻の雀には縁があったが・・・日々好日、日々感謝。 (E.O)

(46) 白い花-その3

白い花-その3 

 ニワザクラの花である。サクラと名づけられていても、シバザクラのようにバラ科サクラ属=Prunusでない植物がときどきある。しかしこのニワザクラ、低木だが正真正銘のサクラ属なのである。

 お恥ずかしい話だが、長い間この樹木の名前を正式には知らなかった。というより、この木の良さに気づかなかった。樹名を知る前は、コデマリの仲間くらいにしか考えていなかったくらいだ。しかし、最近この時期になると、低木だが存在感を示すこのニワザクラが気になってきた。

 自宅敷地の一角に通称“やま”と呼ぶ30㎡ほどの盛土部分がある。ニワザクラはそこに2株根づいている。その場所は何を植えてもよく育つと言われてきた。土質・排水・日当たり・風当たり等の条件が悪くないのだろう。そこに植えて枯れた植物の記憶がない。だから、次第にそこには多くの植物が植え込まれていった。

 高木ではタイサンボク,モミジ,モクレンなど、中木ならツバキ類,西洋シャクナゲ,ギンモクセイ,カルミアなど、低木はサツキ類,キレンゲ,ナツボウズなどである。また、その他にナルコユリやシャガといった草本もある。だから、この時期の“やま”は次から次へと花が咲き、散っていき、季節が進むのを感じさせてくれる。

 モクレンの花が終わった後、“やま”の中央で真っ白な花穂を立てていたのが、このニワザクラである。樹高は2株とも1.5mほどだが、あたりをパアッと照らしていた。周りの若葉の鮮やかな緑や咲いてきたツツジの朱色を引き立て、そして引き立てられていた。開花期は短かったが、見事な咲きっぷりだった。

花の命は短くても 日々好日、日々感謝。 (E.O)

(45) カンアオイの珍花

カンアオイ

 カンアオイのスペシオーサム(Asarum speciosum)という花である。北米原産の珍しい花だという。こんなに“きれいなカンアオイ”を見たことはない。

 カンアオイの実物と最初に出会った時には驚いた。中越地方の山中でコシノカンアオイを見たのである。葉はハート形で光沢があり、紋様も美しかった。しかし、花は黒褐色というか黒紫というか、それにあの硬くて厚い花弁だった。だから、正直のところ変な植物,奇妙な花という強烈な第一印象だった。

 このようにカンアオイの花は独特であると思う。とくにその花弁である。多くの植物の花弁を紙に例えれば、カンアオイのそれはまるで厚紙のようだ。さしずめクリスマスローズの花弁はプラスティックだろうか。

 ところで、ちょっと待て!クリスマスローズの花と言われる部分は、正確に言えば花弁ではなく萼である。植物事典で調べると、カンアオイの場合も似ており、花と思われているのは実は萼片で花弁は退化したのだそうだ。

 だからと言って「この花は花弁、あの花はホントは萼・・・。」などと厳密に言い始めると、シャバが少し面倒になる。それよりは「ああ,世の中にはこんな花もあるんだなァ。自分が知らない花はまだまだある。植物世界のこの奥深さや多様性が面白い。」というくらいに捉えた方がよいのではないか。ともあれ、このカンアオイは花の多様性といったテーマでは取り上げたい珍品の一つである。

 なおこのスペシオーサム、残念ながら北米の原産地では既に絶滅してしまったという。栽培ものしか無いらしい。

絶滅したら、日々好日、日々感謝 とばかりも言ってられないが・・・。 (E.O)

(44) “とり逃がす”

とり逃がす

 この写真の鳥はどうやらノスリだったようだ。このように後姿しか撮れなかったが。3月下旬、昼頃のことである。

 ワシ・タカの仲間には関心がある。と言っても、知識があるわけではない。けれど、たまに彼らに出くわすと、ちょっと胸がワクワクする。彼らが発する強靭、勇猛、鋭敏、孤高、風格・・・こうしたイメージに憧れのような気持ちを抱いているからだろうか。 

 15年くらい前だったか、バンクーバーを訪れる機会があった。その時、郊外にある広大な湿地“ライフェル・バードサンクチュアリ”にも寄った。本命の鳥はスノーギース(白雁)だったのだが、たまたまそこで白頭ワシも目撃できた。勿論初めてだった。はるか上空を悠々と舞うその雄姿は今でも忘れられない。

 (ただしタカ科の鳥類といっても、トビは別だ。強靭や勇猛といったイメージが結びつかない。一言でいうと、「愛すべき弱さ」を持っている。それはまた別の機会に書こうと思う。)

 さて、ノスリである。農道を車で走っている時に見つけた。ゆっくりと車を止め、いつも持ち歩くデジカメを手にして静かに静かに近づいた。が、気づいたのかすぐ遠のいて行った。家に戻ってから鳥図鑑やウィキペディアで調べた。ノスリかサシバ,あるいはチュウヒか・・・確定はできない。それで、いつもの鳥博士にお訊ねした。すぐに「おそらくノスリでしょう。」とのお答え。時期,目撃場所,飛び方などから判断して、ほぼ間違いないということだった。それにしても残念だった。

 被写体であるとり(鳥)を逃がし、いい場面をとり(撮り)逃がした日だった。

とり逃がしても、日々好日、日々感謝。 (E.O)   

(43) 走る犬

走る猫

 闇のなかで立ち上がり、右方向に走る犬の姿である。マラソンでもしているのだろうか。

 そう言われれば、そう見えなくもない。西洋の画家が描いたもので、こんな風な絵画かエッチングがあったような気もする。 

 実はこれ、夜の田んぼの水面に映った三日月・・・のはずだった。ところが、水面にさざ波が立ってきたところで撮影してしまったもので、こんな写真になってしまった。悲しいかな、やはりデジカメの操作もろくに知らない素人カメラマンの腕である。

 田は薄暗かったけれど、田植えが終わったばかりで、早苗が整然と植わっていた。その水面に映った三日月には、しみじみとした風情があった。悪くない写真が撮れるのではないか。いいシャッターチャンスだ!・・・と思った。ところが、にわかに強風である。風は撮影する前からなのだが、急に強まった。しばらく静まるのを待っていたのだが、いつまで経ってもおさまらない。かえって大風になってきた。

 しょうがない。お月様が犬になってしまい、望んでいたような映像ではない。しかし、これはこれで面白みや詩情が多少は感じられるんではないかなァ。

今夜も 日々好日、日々感謝。 (E.O)

(42) 白い花-その2

白い花1

 ミツガシワの花である。純白の六弁花で、優美な花だと思う。今年も事務所脇に置いてある“甕プランター”の水面から咲き出た。

 常に水を張っておくその甕には、フトイやキショウブ,ヒツジグサといった水生植物が同居している。これらの中ではミツガシワの開花が一番早い。三枚の小葉が出てきたと思うと、くくっと茎が伸び出し葉も広がり、あっという間に花を付ける。そして、あっという間に咲き終わる。

 総状花序だが、蕾のときには頭が薄い赤紫を帯びる。さらに目を凝らして見ると、開いた花弁の内側に白い毛が密に生えているのだ。こうしたタイプの花は園芸植物では珍しいと思う。同じ水生植物でガガブタの花も確かこうだ。(今や絶滅危惧種に指定されているガガブタである。その実物の花にお目にかかったのは数回しかないが。)

 また野生植物だが、カラスウリの花も一見似ているように感じるかもしれない。しかし、あれは花弁の縁がヒモ状になったものだそうだ。ミツガシワとガガブタ、水生植物どうしで何か理由があるのだろうか。

 このミツガシワ、実は県内のある地域で溜め池の湿地帯に群生していたものだ。それが十数年前、その池の改修工事をするという事になった。それで湿地部分にも手を入れるので、生えている植物は大方ダメになるだろう、もしその気があるなら採取してもよいと言われて、持ち帰ったものである。 

(ミツガシワの花は下から順に開花する。写真下部の2つの花は既に咲き終わりである。) 

花があれば、日々好日、日々感謝。 (E.O)

(41) 白い花-その1

白い花2

 新潟産チューリップの新品種「桜小雪」である。県の園芸研究センターが約20年かけて作り出したものだ。一重咲きで、珍しい色変わりチューリップである。

 咲き始めは、白の花弁の先に細い赤紫の縁取りが出る(”糸覆輪”という。写真の状態)。その後、その縁取り部分がしだいに太くなり、しまいにはピンクと白の二色咲きのようになる。これが最大の特長であろう。オランダにもこうした色変わり品種があると聞くが、たぶん筆者はまだ見たことがないと思う。

 ♪・・・並んだ 並んだ 赤,白,黄色・・・と童謡にもあるように、チューリップの花色に関しては、もともとこれら3色を中心に品種改良されてきたように思われる。やがてそれらをベースに、赤・黄や赤・白など派手な二色咲きタイプも加わってきたのだろう。品種が多くなるのは良いのだが、近年は眺めていると目がチカチカするような花色が少なくない。

 チューリップの花は明朗で、散る美学を持っている。そのせいか、好きな花の一つではある。ただし、そうした目がチカチカするような品種が多いと、寂しく感じる。その点、「桜小町」は純白を基調にしており、どぎつくなく端麗な花色である。その上、時間の経過と共に上品な花色の変化が楽しめる。

 まだ生産量が少なく、残念ながら店頭に並ぶのはもう少し先になると思われる。その間、花ではないが、端麗な新潟県産の酒でも飲みながら楽しみに待って頂きたい。

花ありて酒もありなら、なお日々好日、日々感謝。 (E.O)

(40) 花びらの銀河

花びらの銀河

 散り始めた桜の花びらが樹下を埋めてきた。

 5月になったというのに、新潟では朝のうちはまだ寒さを感じる。先月などは日中20℃以上に達したのは数日しかなかった。そのせいだろう、今年はあちこちで色々な植物の開花が遅れている。当地の露地植えチューリップもそうだ。そして、自宅裏のソメイヨシノも例外ではなかった。咲き出すのも、散り始めるのも遅かった。平年より5,6日は後だったろうか。

 桜も満開が過ぎて、少し強い風が吹くと、花びらがしきりに舞い落ちてくる。まさに桜吹雪となる。そんなとき木の下にいると、散り落ちる花びらを顔にも受けながら、一瞬なぜか「おれは今、いったいどこにいるんだろう?これが極楽というものか?」などと思ってしまう。が、すぐ我に返る。そのまま浸っていると、あの『桜の森の満開の下』のように、おどろおどろしい領域に入り込んでしまう。

 ところで、そうした特異な世界に魅かれないではないが、それは小説にお任せする。それよりは、こんな風にして花びらが地面に程よく張り付いてくると、なかなか風情に富んだ景色となる。まるで夜空の星々のようで、さしずめコンクリート通路は横たわる銀河のようであった。 

(なお手前はセキショウ、左上の黄花はリュウキンカである。)

日々好日、日々感謝。 (E.O)