(576) モンゴル日記(291)

【 北モンゴル最奥部を訪ねて39 】 北モンゴル最奥部を訪ねて39

 北モンゴル最奥部を訪ねて39

 上の写真を説明する。石だらけの川というよりは、ほとんど水枯れの川原を二つ続けて横断した。いずれも川幅が10メートル前後はあっただろう。

 二つの川は数日前の大雨でだいぶ増水があったと思われる。川原には樹木の根株などが押し流されて来ていた。また,大きな石が所々でむき出しになってもいた。さらに岸辺にはところどころにえぐれも見えた。

 この二つの川原を横断するのにはけっこう時間がかかった。スピードなど出せっこない。大きな石や窪みを避けて、徐行しながら行くしかない。時にバックもした。とくに,わがXトレイルはそうだった。他の3台より小ぶりでパワーが少ないからだ。

 それでも,何とか無事に渡り終えた。と思ったが、Ba氏運転のランドクルーザーは調子が良くないようだった。それで彼は横断後にボンネットを開け、エンジンのチェックをやり出した。しかし,それは短時間で済んだから、ビッグ・トラブルではなかったようだ。その後、ランドクルーザーは再び先頭になって走り出した。

 さて,下の写真の看板は、二つの川原を渡りおわった所に立てられていた。そこには「フブスグル・ウラン・タイガ」と記してある。また,その下には県の特別保護区域であることも書いてある。そうなのだ、この辺はもうタイガ地帯なのだ。アッ,そう言えば、日本の阪神タイガは今ごろ何位なのかなァ・・・。

たしかに風景が変わってきた。目的地は近い?! しだいにタイガ、しだいに予感。 (K.M)

(574) モンゴル日記(289)

【 北モンゴル最奥部を訪ねて37 】

北モンゴル最奥部を訪ねて37

北モンゴル最奥部を訪ねて37

 ”13のオボー”からはゆるい下り坂が続いた。そして道沿いに流れる谷川の先に、横たわったような白い物体が目に入ってきた。「何ですかね?」とB氏に尋ねたら、「雪でしょう」。近づいてみたら確かに残雪だった!

 その残雪のある川の道端にクルマを寄せた。そして,最初は1台目と筆者たち2台目の、物好きな?数人が川に下りていった。もちろん筆者を含むが。しかし,後続の3台目と4台目ではほぼ全員がクルマから降りて、川原に繰り出した。

 そして,その中には当然 若い人たちもいた。彼らは雪に触れて喚声を上げたり、雪玉を握ってミニ雪合戦をはじめる連中もいた。こうなったら,もう臨時の休憩である。しばし各自はここで時間を過ごした。もちろん、それなりの所用を済ます人も。森林といえば、この辺りではモミやトウヒに混じってマツ類も生えていた。

 筆者も若者たちに交じって、ちょっと遊んだ。雪はもちろん残雪でも冷たい。しかし谷川を流れる水はきれいだが、こっちの方がより冷たく感じた。いやっ,ひゃっこいのだ。10秒も手をつけていられない。

 さて休憩を終えて再出発しようとしたら、大事なドライバーB氏が見当たらない。皆が探しはじめたら、森の中からノソノソと現れた。どうやら彼は”大きな所用”を済まして来たようだった。

夏に残雪に触れることなど、何年ぶりのことだろう。久々触感、久々体験。 (K.M)

 

(572) モンゴル日記(287)

【 北モンゴル最奥部を訪ねて35 】

 北モンゴル最奥部を訪ねて35

 北モンゴル最奥部を訪ねて35

 上の写真は、谷を通過中にヤクの大群に出くわした場面だ。ヤクはウシ科ウシ属に分類されるほど、牛と近縁である。これまで2,3回遭遇しているが、会うとやはり牛より迫力を感じる。

 最初の出会いは、”モンゴルの箱根”ともいうべきテレルジでだった。それは生まれて初めて見るヤクで、その30頭ほどの群れを目の前にしたら、親しみよりはまず「怖さ」を覚えた。そばには近寄れなかった。しかし性質はいたっておとなしいという。そして肉から毛皮,ヤク乳までが利用されるらしい。こういう哺乳類もいるもんだなァと、興味を抱くことになった。

 ところで下の写真は、”13のオボー”という名所である。ここを通る旅人は、ほとんどここに立ち寄るようだ。ところで,なぜ”13のオボー”なのか?簡単に説明すると、十二支の12プラス 大きなオボー1で、計13というわけだ。十二支はもちろん子・丑・寅・・・だ。これがモンゴルにも定着していることにちょっと驚いた。この国に通ってきて7年目になるが、これは知らなんだ。

 正面から見ると、右側に6つのオボーと大オボー、左側に6つのオボー,で合計13基である。お参りや祈りの場所でもあるが、撮影スポットにもなっているようだ。

それにしても十二支の動物を飾るのではなく、オボー化するというのはモンゴルチックで気に入った。日々モンゴル流、日々モンゴルway。 (K.M)

(571) モンゴル日記(286)

【 北モンゴル最奥部を訪ねて34 】

北モンゴル最奥部を訪ねて34

北モンゴル最奥部を訪ねて34

 上・下の写真とも、広い谷と言うべき場所だ。峠を越えて下ってきて、次の山地に取りつくまでの低地だ。そこは丈の低い草が一面に生えた草原であり、放牧に適した場所だろう。また,水の流れる沢も二本あった。

 上の写真、左側の白い家畜は羊だと思う。そのそば,流れの向こう側で群れているのは牛かヤクか。空気は清浄、雄大でのんびりした風景が広がる。こうした眺めは気持ちをおだやかにしてくれる。心を和ませてくれる。時間があったなら,この草原で仰向けになり、天空を見上げてボケーッとしていたいものだ。

 ところで,中央に白っぽい杭のようなものが立っていた。これについてB氏が推測するには、何かを埋設する工事のマーカーなのではないか、ということだった。たしかに,この先もしばらくこの杭は立っていて、”13のオボー”まで続いていた。

 下の写真は、沢を横ぎるプラドとレクサスである。流れもこんな程度なら厄介でなく、タイヤの汚れ落としをしてくれるから、むしろありがたい。ただ数日前の降雨の際にはかなりの水量になったのだろう。川岸の部分的なえぐれや,中州の大きな石が動いた形跡が見られた。

 なお,わがXトレイルにつづくこの2台、行きも帰りも基本的にはこの順番を変えなかった。色んな点で頼もしい後続車だった。

この程度のオフロードであれば、ストレスは溜まらない。道々和やか、道々穏やか。(K.M)

(569) モンゴル日記(284)

【 北モンゴル最奥部を訪ねて32 】

北モンゴル最奥部を訪ねて32

北モンゴル最奥部を訪ねて32

 眺望の良かったあの峠を後にした。ところが,下り道はなかなかの悪路。上の写真のようにぬかるみの連続だった!数日前の大雨で、溝にまだ水が溜まっていた所も少なくなかった。それで4台とも難渋し、意外に時間が食われた。とくにXトレイルは、車体の”腹”をたびたび 地面にこすって大変だった。

 下の写真は、そのぬかるみゾーンをやっと抜けた様子である。写っているのは前走車のランド・クルーザー。まともな路面になってきた。ここを過ぎると、今度は広い谷状の草原に出るのだ。しかし、そこにたどり着くまでもけっこう時間がかかった。この下り道がなかなか長いのだ。

 ところで,この辺から本格的な樹林が出現する。樹種はやはり針葉樹のようだが、峠の手前で見られた”枯れ現象”はここでは見られなかった。このことは、先に筆者があまり根拠もなく軽率に”枯れ”の原因を酸性雨ではないのか、とした考えを改める契機にもなった。

 標高が低くなってきたら、樹間が少し詰まってきた。そして,その樹林の縁や木々の間に、多くはないが低木も見えてきた。ただし種類は日本のように多様ではない。そのうちハマナスに似た花や、タンポポみたいな草本も現れた。それを見て、ちょっとビックしたり,嬉しかったり。

オフロードの旅は半分には達したと思う。ここまでは無事に来たのだから感謝しよう。やはり日々好日、日々感謝。 (K.M)

(567) モンゴル日記(282)

【 北モンゴル最奥部を訪ねて30 】

北モンゴル最奥部を訪ねて30

北モンゴル最奥部を訪ねて30

 上の写真は峠の手前、長い尾根上にあった巨大な岩である。長さは6,7m、高さは2,3mはあったろうか。遠くからでも目立つ。ただ近づく前は何かでかいヤツがあるなァ,くらいにしか思わなかった。しかしそばに行ったら、びっくり!姿形がヒヒに似ていた。

 天然の造形物ながら面白い。この写真でいうと、岩の右側の尾の部分が短い点以外は、まさしくヒヒだろう。左側上部を頭に見立てると、目や鼻に見える凹凸がある。ただし,実際のヒヒはこんな座り方はしないかも知れないが。

 このような姿形をした個性的な岩を見ると、やはり日本人なのか、何か名前を与えたくなる。まァ平凡だが、分かりやすさから”ヒヒ岩”といったところだろうか。

 さて,下の写真は峠からの眺望だ。これが抜群だった。山道を進んでくると、”ヒヒ岩”を右の尾根に見て、まもなく峠に着く。そこからは,手前から奥まで山々が三列に重なる風景が広がる。そして,彼方には雪を残した高い山々も拝めた。この山並みの向こう側がロシア領なのだという。空には雲が多かったが、筆者を含め何人かがこの素晴らしいパノラマに驚きの声をあげた。

 この美しい眺めを堪能していたら、仲の良さそうな夫婦連れがやって来た。そこでまた,印象深い場面が生まれた。それは次号に記す。

良い景観は人の足を止める。人を喜ばせる。人に希望を与える。日々絶景、日々感動。(K.M)

 

(566) モンゴル日記(281)

【 北モンゴル最奥部を訪ねて29 】

北モンゴル最奥部を訪ねて29

北モンゴル最奥部を訪ねて29

 上の写真は先々号で紹介した、ナーダムの競馬に出走する馬の練習風景だという。峠に着く前、走るクルマから見えた。ただ仔馬らしき姿も見えたから、その内容がどういうものか,終始見ていた訳ではないのでよく分からなかった。ただ日本とは違って馬場ではなく、こうして大自然の中でやるのがいい。

 ところで帰り道に、ある村のナーダムに立ち寄った。会場のあちこちで、出走前の人馬が行き来をしていた。何と,そこで馬に跨っていたのは日本の小学生くらいの子供たちなのだ!人々は彼らに声援を送っていた。モンゴル相撲に比べても、人気が高いことを実感した。

 ところで,下の写真は峠の手前で見られた、樹木の”枯れ”現象である。向い側の斜面で針葉樹が被害を受けていた。その時よく調べもせずに、「酸性雨の影響かも知れませんね」と、B氏に言ってしまった。が,気になったので帰国後 写真を見せながら、専門家の意見を求めた。そうしたら虫の害、つまり幹に穴をあけ内部を食い荒らす削孔虫によるものではないか、ということだった。

 その専門家は、既に何度かモンゴルに渡っている。彼によれば、ウランバートルでも最近この種の被害が認められるとのこと。

この道は帰りも通った。沿道には撮影したい植物も少なくなかった。しかし,カメラもスマホも電池がとぼりかけていた。帰りはマシンが電池切れ、人間も電池切れ?! (K.M)

(565) モンゴル日記(280)

【 北モンゴル最奥部を訪ねて28 】

北モンゴル最奥部を訪ねて28

北モンゴル最奥部を訪ねて28

 皆でランチを食べた集落から、さらに奥へと向かう。道は日本の昔の田舎道のようで、そのうえご覧のとおり山道だった。《目的地まであと何時間かかるのだろう、だいたいどの辺まで来たのだろう?》 といったことは、もう考えないことに決めた

 ところで,この山道の谷側には、細いが小さな沢が流れている。それは下流ではしだいに幅が広がり小川となって、結局あの橋の架かった川に注ぎ込んでいた。上流は絶えることなく、細いままでずーっと繋がっているらしい。そして,この先の峠までは達していたようだ。水質は良いようで、メンバーの中でも飲んだ人間がいたらしい。そんな風に、その水は放牧の人々や家畜たちにときどき利用されるようだ。やはり貴重なのだ、水資源は。

 やがて下の写真のように、ヤギの群れに出くわす。数十頭の一団を、精悍な顔をした男の人が誘導していた。彼とヤギたちは筆者たちのクルマが近づくと、自主的に谷側によけてくれて通してくれた。申し訳なかったが、彼は嫌な顔も見せずに道を譲ってくれた。

 さて,この山道をしばらく進むと、大きな峠があった。そこからは見晴らしがきき、すばらしい眺望が得られた。詳しいことは次々号で述べるが、そこでは印象深い景観と出会いが得られた。

ムルンを出発して既に7時間が経つ。しかしどういう訳か、疲労感は覚えない。日々元気?! 日々充実?! (K.M)

(558) モンゴル日記(273)

【 北モンゴル最奥部を訪ねて21 】

 北モンゴル最奥部を訪ねて21

 北モンゴル最奥部を訪ねて21

 前号で述べた花の咲く斜面のことである。そこには群落といえるような集団はなかったが、いろいろな花が少しづつ咲き混じっていた。それでも筆者には楽しかった。そして,そこで皆がそれぞれの所用を済ました。

 休憩を終えて、再び4台は走り出す。その先に広がっていた風景が上の写真である。山あいの道路は曲がりくねっていた。しかし,電柱は等間隔に立っていて、ほぼ真っ直ぐにきれいな列をなしていた。所々で日光を遮っていた雲が、地上に影をつくっていた。

 さてモンゴルの電柱のことを書く。親友B氏によれば、モンゴルではどんな奥地でも集落があれば、ほとんど電気が通じているという。だから,もし道に迷ったら付近の電柱を探し出し、それを頼りに進んでいくと、だいたいは集落にたどり着くという。

 さて下の写真について。モンゴルでエーデルワイスと呼ばれているウスユキソウの仲間である。このモンゴル・エーデルワイスは、休憩した草原にはあまり多くはなかった。けれど,そこを過ぎてからしだいに、路傍に多く見られるようになってきた。

 もともとモンゴル・エーデルワイスは広く分布し、ちょっと気をつけていると、あちこちで目にすることができる。ウランバートルでも郊外の草地,たとえばダーチャあたりなら、容易に確認できる。

ところで,いつになったら目的地に着けるのだろうか。時おり心配、時おり不安。 (K.M)

(557) モンゴル日記(272)

【 北モンゴル最奥部を訪ねて20 】

20160827-01

20160827-02

 相変わらず草原と丘陵がつづいた。けれど,しだいに平地がなくなってきた。やがて道路の両側とも,なだらかな傾斜の草原になった。家畜の群れもゲルもほとんど見えなくなる。しかし,のんびりした風景は変わらず、何の音も聞こえてこない。

 話は変わるが、これが今頃のような暖かい時期ならいい。一転,冬になると状況が違ってくる。それで上の写真に出ている木造の施設のことを述べる。

 前にも触れたが、これらは家畜のために設置した冬季用の避難小屋だ。たいてい山裾に設けられている。冬の寒さが厳しい時には、家畜たちをここに誘導する。それでもなお酷寒の場合、百万頭の単位で家畜が死ぬことがある。こんな時はニュースにもなり、筆者もテレビで見たことがある。

 こうした事態に陥ると、家畜たちが可哀想,などといった次元ではもちろん問題が片付かない。それはこの国の産業の話に変わってしまう。モンゴルの有力な輸出農産物にもなっている食肉や乳製品のビジネスに悪影響が及ぶ。

 ところで,下の写真で青い花はキキョウの仲間である。その隣にはマンテマの花も見える。また左奥にはエーデルワイスも確認できる。上の写真の場所を過ぎてまもなく、あちこちで花の咲く斜面に出た。そこではいくつかの花を見ることができた。

ここでの休憩が11時頃、ランチが結局14時頃だった。まだまだ先のランチ、もう腹の空き?!  (K.M)