(138) 百両金(カラタチバナ)-其の七

百両金(カラタチバナ)-其の七

 写真は百両金の「宝冠」である。まず印象的なのは実である。小さいものもあるが、大きな実は輝くような赤色を帯びる。

 葉の表面にはしわが出来て縮んだようになる。これを“多羅葉(たらば)”と呼ぶ。前回紹介した“岩石性”は、これがもっと進み凹凸が強く現われた場合をいう。

 この多羅葉に斑が入る。幹は緑色を呈する“青木”である。こうした独特の姿形に、赤い実がアクセントになって映える。

 ところで前回(137)号では、百両金の全く大雑把な歴史しか記さなかった。ことに江戸時代以降の事柄にはほとんど触れなかった。だから、ここで少し補う。

 百両金は江戸時代の後半にかけて大いに盛り上がった。そして、明治期に入ってからも人々の愛好熱は冷めなかった。それどころか、ますます高まった。やがて流行の中心地は京都から、名古屋,東京などにも拡がっていった。

 明治の中頃になると、わが新潟県でも百両金が熱狂的に受け入れられ、高値で売買されるようになった。あげくの果てに投機の対象にまでなってしまったのだ。そうした事態となって、とうとう県が売買禁止令を打ち出し、その沈静化に乗り出した。何やらオランダのチューリップ狂時代を連想する方もあるかも知れない。

 その影響で人々の百両金への熱は冷め、価格も下がっていった。しかし、これほどまでの異常な流行は一面、品種改良を盛んにさせ、多くの品種も生まれた。何やら昭和40年代の皐月ブームと少し似ているような気もする。

名花には魔性も潜んでいる? けれども 日々好日、日々感謝。 (E.O)